答案のおとし所

(元)司法試験受験生の立場から、再現答案のアップしたり、日々の勉強での悩み、勉強法などについて書いていきます。

リーズナブルに短文事例演習

1 はじめに

 最近、どの市販演習書を使っているかというツイートが流行っているようだったので、自分も考えてみようと思いました。
 しかし、どの市販演習書を使っているか(使うべきか)という問いに対する答えとしては、身も蓋もないですが、「結局は司法試験過去問の方が重要度が遥かに高く、演習書は何でもいいから薄いものを繰り返すことが大切」ですと回答することになります。
 とはいうものの、この考え方は間違ってはいないはずですが、少し大雑把な回答のような気がします。この考えでは、演習書を使うことの目的が意識されていませんし、試験科目に応じた演習書の重要度の違いについても意識されていません。このあたりの意識されていない点について、もう少し掘り下げて考えてみようと思うのです

2 市販演習書とは(総論)

 そもそも、演習書を使う 目的とは何でしょう。
 自分は、 ①短文事例演習(司法試験過去問における応用・ひねり部分前の基礎部分への対応) ②網羅性の獲得(司法試験過去問に出題がない部分への対応)であると考えています。

 ①短文事例演習は、予備校講座を利用することが多いですよね。例えば、伊藤塾なら問題研究、アガルートなら重要問題習得講座といった感じです。予備校講座を利用した場合、短文事例演習の教材とリンクした当該予備校の他の講座を用いて司法試験過去問についても勉強することができるのが便利ですよね。ただ、全部まとめて購入することを検討した方はわかると思いますが、予備校講座はお値段が張るわけです。
 そこで、受験生のお財布事情を考えて、リーズナブルな市販演習書に白羽の矢が立つわけです。

 とはいっても、安かろう悪かろうではいけないわけです。まあ、内容面について考えてみると、市販演習書の多くは学者が執筆しているものであり、内容の正確性は担保されているでしょう。
 そのほかには、相対的な試験である司法試験においては、多くの人が使っているものを使っておくことが無難だと感じる今日この頃です。また、②網羅性の獲得という視点で考えても、その網羅性の範囲も多くの人とできるだけ一致させておくことで不安材料を払拭することができると思います。

 上記の演習書を使う目的を前提とすると、演習書を使うフェーズは2つあるといえるでしょう。つまり、①短文事例演習→司法試験過去問(以下単に「過去問」という。)→②網羅性の獲得という順です。
 以下では、科目毎に勉強になった市販演習書を挙げてみます。

3 科目毎のおすすめ市販演習書(各論)

 ⑴ 労働法
  ①不要→過去問→②事例演習労働法
  既に7法を勉強したはずですので、直ぐに過去問に着手したいところです。近年は古い過去問からの焼き増しも多いので過去問を重視し、改正部分や網羅性の獲得のために事例演習労働法を使うのがおすすめです。受験生の中で圧倒的なシェアを占めている水町労働法との親和性も高いです。薄いながらも多くの問題が収録されている点が魅力です。事案の中に潜む法的問題の発見の仕方や争点設定の仕方について学ぶことができます。
  稀に何の説明もなく特定の説に立って論述がされていることがありますが(例えば、労契法15条及び16条の論じ方についての説の対立など)、みんなよく理解していないであろうとことなのであまり気にしなくてよいと思います。

 ⑵ 憲法
  ①不要→過去問(憲法ガール)→②不要(応用と展開)
  憲法は、過去問の依存度が高いと思います。条文も少ないですし、条文毎に整理して過去問を検討するだけで、ある程度網羅性も獲得できるはずです。
  過去問については、言わずと知れた憲法ガールシリーズ一択だと思います。憲法ガール憲法ガールⅡを使って、過去問の知識を自分の血肉にすることができます。また、憲法ガールについては、リメイクされた憲法ガールを使えば、答案レベルでの言い回しや端的な知識の示し方を学ぶことができます。さらに、近年の出題傾向であるリーガルオピニオン型への対応についても考え方が示されている憲法ガールⅡは受験生にとって必携といえるでしょう。なお、著者は慶応ロー非常勤講師・広島ロー准教授を務められています。

  過去問に正面からの出題のない論点、例えば、財産権などについては、少し難しい((後に再構築されるが)既存の論パを破壊される)ですが応用と展開がとても勉強になりました。

⑶ 行政法
  ①不要→過去問(行政法ガール)→②予備(実戦演習行政法)、事例研究
  行政法も、過去問の依存度が高いと思います。
  過去問については、言わずと知れた行政法ガールシリーズ一択だと思います。行政法の本丸である個別法の仕組み解釈について丁寧な解説がなされており、仕組み解釈とはこういうものかと理解することができますし、これができるようになれば行政法への苦手意識がなくなると思います。

  令和2年司法試験において、今まで出題がなかった不作為の違法確認訴訟が問われました。網羅性の獲得という視点では、事例研究行政法(最終章の総合問題を除く)を使用することか考えられます。近年の行政法の基本書については、サクハシにも勝るとも劣らず、基本行政法が多くのシェアを占めているように感じます。事例研究は、基本行政法と同じく日本評論社出版の書籍であり、受験生に向けたコラムなどためになる記載が満載です。  自分は予備の過去問についても勉強してみたのですが、実務演習行政法はあてはめまでかなり工夫して執筆されているようなので、事例研究行政法よりも個人的にはおすすめです。基礎・応用・展開という段階的な構成や直近の合格者の意見が反映された参考答案がとても良いと思います。なお、文頭の「序」を読んでみると、法科大学院に通えない法曹志望の地方在住者や社会人への強い思いが書かれている点も好きです。

 ⑷ 民法
  ①旧司(貞友民法、合格思考)→過去問→②不要(改正部分につきロープラ)
  入手が難しく、今では改正未対応となってしまった貞友民法(辰巳Live本)ですが、民法の考え方を1から丁寧に説明してくれる1冊です。どのような思考プロセスで物事を考えていくのかを体感できるため、六法の条文をパラパラめくっているだけで答案構成ができるようになりました。他方、合格思考も同じような学習効果が得られると思いますし、書籍化されるかはわかりませんが、著者がブログ(河童のひとりごと)で改正対応化させてくれています。なお、著者は中大オンライン研究室空の塔(中大の炎の塔など、コロナ禍で十分な学習環境を得られない中大関係者の支援をすることを目的に設立されたオンラインコミュニティ)講師を務められています。民法の過去問は、旧司の焼き増しがされることもあるので、旧司を効率よく勉強できるこの2冊は非常におすすめです。いずれも事例問題に登場する当事者の「気持ち」を法的に実現するという視点から書かれており、他科目へも良い影響を与えるはずです。

  改正に関していえば、現時点ではロープラが良いと思います。サブノートも見たことがありますが、さすがに網羅性の獲得という視点からすると、設問・解説ともにあっさりしすぎという印象です(入門では良いのではないかと思います。)。

 ⑸ 商法
  ①ロープラ→過去問→②ロープラ
  過去問を検討する前に、サクッと済ませるにはロープラがもってこいです。
  過去問を終えてからも、過去問に出題のない論点を検討することができます。会社法は他にも演習書がありますが、他の演習書をやるくらいだったらもう一度過去問に戻りたいところです。

  ロープラの良いところばかりを書いてきましたが、問題によっては答えを示さないで各自考えてみてください的な記述もあります。これは、読み手に考えさせる余地を与えるものであり、それ自体考える機会の提供といえるでしょう。個人的には方向性を示してさえいてくれれば思考訓練になると思っています。しかし、結局答えは?みたいなことが気になる方は満足いかないかもしれません。
  他には、事例研究会社法も勉強になりました(例えば、問題9の利益相反取引など)。ロープラに満足いかないという方は、事例研究会社法も選択肢の一つに入ってくると思います。  他方、事例で考える会社法は、辞書的に使用するなら良い本ですが、試験との関係ではいささかオーバースペック感が否めません。

 ⑹ 民事訴訟
  ①旧司(藤田解析)→過去問→②旧司(藤田解析)
  藤田解析は、基本書である講義民事訴訟と一緒に買っても10000万円以下でそろいます。理解しにくいところを丁寧に解説しており、答案レベルの知識を獲得することもできます。民事訴訟法の過去問は、旧司の焼き増しがされることもあるので、旧司を効率よく勉強できるこの1冊は非常におすすめです。事例問題に含まれる問題の解決にあたり、どのように向き合うべきかを学ぶことができるでしょう。なお、著者は元裁判官・元司法試験考査委員を務められています。
  また、網羅性の獲得という視点からしても、まだ焼き増しがされていない旧司についてしっかり理解しておくことも有用だと思います。

 ⑺ 刑法
  ①事例演習教材?→過去問→②事例演習教材
  どこまでマイナーな犯罪まで含むかは問題ですが、過去問で出題がない犯罪については事例演習教材で知識を獲得できます。そして、事例演習教材も受験生の中で圧倒的なシェアを占めているため、個々の知識は受験生として押さえておきたいです(例えば、平成29年司法試験刑法における共犯と正当防衛の相当性について、同書(第2版)76~77頁・事例16(悲しき親子)・Lecture2「複数人の関与と正当防衛・過剰防衛」の解説は同年のネタ本といっても過言ではないほど当時の受験生に恩恵を与えたといえるのではないでしょうか。)。論点抽出・問題解決のための理論の筋道の作り方などを体感できる1冊だと思います。薄い本なので繰り返し使用できますし、繰り返しても読むたびに新しい発見があります。
  短文事例演習としては、事例演習教材ほど細かいものでなくてもよいと思いますが、これに代わるおすすめの1冊は思いつきませんでした。
  新版は2020年12月21日発売予定です。井田氏によれば、「新問が4問追加され、従来の解説部分も、最新の判例(同時傷害の特例に関する最決令和2・9・30まで)・学説に対応してかなり加筆・修正」されたようです。

  それにしても、著者はそうそうたるメンバーですね。

 ⑻ 刑事訴訟法
  ①古江本?、→過去問(辰巳Live本、伝聞ノック)→②古江本、伝聞ノック
  刑事訴訟法は、過去問の依存度が高いと思います。捜査・証拠毎に過去問を整理して、頻出論点を間違いなく書けるようにします。ここでは、辰巳Live本がおすすめです。少し話言葉で書かれている点や少し考え方が古い点が気になりますが、とても勉強になる(例えば、平成22年司法試験刑事訴訟法設問2の伝聞法則について、同書187~190頁の考え方は参考になりました。)1冊です。伝聞についても要証事実を考える思考プロセスを体感できます。なお、著者は元検察官・元司法研修所検察教官・元司法試験考査委員を務められています。

  伝聞法則についてもっと優しく、そして繰り返し検討したい、網羅性を高めたいのであれば、伝聞ノックでおなじみの事例でわかる伝聞法則がおすすめです。誰もが躓く伝聞法則について、総論の理解から過去問の検討まで、幅広い使い方が考えられます。この本は、神奈川県弁護士会法科大学院支援委員会の実務家教員バックアップ部会に属する弁護士の共著です。答案も乗っていますし、当たり前と思っているとことろまで言語化されており、勉強になりました。なお、工藤氏によれば、アガルートから「解析講座が近々出るかも」らしいです。  伝聞を含め、全体的に理論補強をしたり、過去問で出題のない論点の知識を獲得したいなら、古江本でおなじみの事例演習刑事訴訟法がおすすめです。東大ローの授業をベースに、基本的事例の中に潜む根本的な理解を再構築することができる1冊だと思います。なお、著者は元検察官を務められています。

 「?」部分は、良いものが思いつきませんでした。もっと簡単なものがあればそちらが適切だと思います。

4 さいごに

 いろいろ書きましたが、結局言いたいことはこれです。
 ・①短文事例演習としては「演習書は何でもいいから薄いものを繰り返す」
 ・「結局は司法試験過去問」を徹底的にやり込む
 ・時間的余裕があるのであれば②網羅性の獲得を目指す

【再現答案】令和2年司法試験 刑事訴訟法 A評価

1 再現答案 3055文字

第1 設問1
 1 ①取調べが「強制の処分」(刑事訴訟法(以下省略)197条但書)たる実質的逮捕に当たるとすれば、逮捕状(199条1項本文)に基づいて行われていないため、令状主義(憲法33条)に反して違法である。
  ⑴ 「強制の処分」とは、強制処分法定主義と令状主義の両面にわたり厳格な法的制約に服させる必要があるものに限定すべきである。また、処分に対して相手方の承諾がある場合にはそれによって権利利益の制約は観念し得ないから、意思に反して行われるものであることが前提となる。
    そこで、「強制の処分」とは、❶相手方の意思に反して、❷重要な権利利益を実質的に制約するものをいうと解される。
  ⑵ 本問では、任意同行(198条1項本文)に応じた甲は、①取調べ期間中、帰宅しようとしたことはなく、仮眠したい旨の申出をしたこともなかった。また、食事を摂り、休憩も取っている。そうすると、自らの自由な意思に基づいて①取調べに応じていたものといえる。したがって、意思決定の自由が実質的に制約されていたとはいえない(❶不充足)。また、①取調べは、取調室及びその周辺には現に取調べを行っている取調官のほかに警察官が待機することはなかったのだから、甲の移動の自由が実質的に制約されていたともいえない(❷不充足)。
  ⑶ よって、①取調べは「強制の処分」ではなく、逮捕状に基づかないことは、令状主義違反とならない。
 2 では、任意捜査(197条1項但書)としての限界を超え違法といえないか。
  ⑴ 捜査比例の原則から、事案の性質、容疑の程度、被疑者の態度等から捜査の必要性等を考慮した上で、具体的状況の下において相当といえる限度を超えれば違法と解される。
  ⑵ 本問の①取調べは、類似事件が5件続くとされる本件住居侵入窃盗の検挙に向けられて行われている。同事件には早期の犯人検挙を求める要望が多数寄せられており、早期の事案解明が必要な重大事件である。また、容疑者甲は、Wの証言によれば、X方1回掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスにガラスカッターを当てていたとされている。X方のガラス窓には半円型の傷跡が残されていた。そのため、それ以後に発生したガラス窓に半円形に割られた上で施錠が外されたという本件住居侵入窃盗に、甲が関与している疑いがあった。
    他方で、甲は素直に任意同行に応じており、24時間という長時間に及ぶ①取調べを行う必要性が高かったとまではいえない。
    また、たしかに、甲は任意同行に応じて帰宅等の申出を行っていないことからすると、意思決定の自由に対する制約は一切観念できないとも思える。しかし、事前の同意をもってそれ以降の全ての不利益を甘受したものと考えるべきではない。①取調べは午後9時20分から始まっており、甲は、翌日午後3時頃には言葉数が少なくなっている。この時点で①取調べから既に18時間程が経過しており、長時間の睡眠を取りたいと考えるのが通常であるにもかかわらず、このような配慮がされておらず、甲は不利益を受けている。そしてこれは深夜帯に行われているものであり、かかる不利益は甚大である。
  ⑶ したがって、①取調べは、捜査の必要性を考慮しても、具体的状況の下において相当とされる限度を超えたといえ、違法である。
第2 設問2小問1
 1 自白法則
 319条1項は「任意にされたものでない疑のある自白」は証拠とすることはできないとされる。
 同条の趣旨は、このような自白は類型的に虚偽であるおそれが高く、誤判に通ずる危険があるため、事実認定の基礎から排除するものである。
 そのため、「任意にされたものでない疑のある自白」とは、類型的に虚偽の自白を誘発するおそれがある状況下でなされた自白をいうと解される。
 2 違法収集証拠排除法則
 同法則は、令状主義を潜脱するような重大な違法があり、将来の違法捜査抑止の権利から排除することが相当な場合、証拠を排除するものである。
 これは、司法の廉潔性を保持し、将来の違法捜査抑止の抑止するためである。
 3 適用の在り方
  ⑴ 自白法則を違法収集証拠排除法則の一類型と捉える考えからも存在するが、以下の理由から、かかる見解は採用できない。
    このように考えることは、319条1項の文言にそぐわないし、偽計による手段等のように重大な違法がなく自白の任意性についてのみ問題があるがある場合に証拠を排除できないとするのは不当だからである。
  ⑵ そうすると、両法則は重畳的に適用されることになるが、自白の任意性が問題となっている本問においては自白法則が適用されると考える。
第3 設問2小問2
 1 甲の自白は「任意にされたものでない疑のある自白」にあたるか。
 2 本問では、①取調べにおいて、Qは、甲に対して、本件住居侵入窃盗に関して甲の目撃情報があるという虚偽の内容を告げた。かかる内容は、本件住居侵入窃盗が甲の犯行であることを強く推認させるものである。そして、かかる発言がされたのは、既に18時間程度の取調べがなされた段階である。そのため、疲労している甲において、かかる発言を受ければ精神的に動揺し又は自暴自棄に陥ってこの追及から逃れるために虚偽であっても自白するおそれがあるといえる。
 3 したがって、甲の自白は、類型的に虚偽の自白を誘発するおそれがある状況下でなされた自白といえ、「任意にされたものでない疑のある自白」にあたる。
  よって、自白法則によって、甲の自白の証拠能力は認められない。
第4 設問3
 1 法律的関連性が認められない証拠は、これを基礎として判断すると事実認定を誤るおそれがあるため、事実認定の基礎とすることはできない。そのため、このような証拠請求も認められない。
 2 類似犯罪事実によって犯人性を立証する場合、原則として法律的関連性が否定される。これは、犯罪性向という実質的根拠の乏しい人間評価を介した不確実な推認過程をたどることになるからである。
 3⑴ そのため、それ自体で犯人性が合理的に推認できるような立証方法であれば、以上のような不確実なる推認過程をたどらないといえ、例外的に法律的関連性は否定されないといえる。
    具体的には、ⅰ類似の犯罪事実に顕著な特徴があり、かつⅱそれが起訴された犯罪事実と相当程度類似するものであることが必要となる。
  ⑵ 本問では、類似の犯罪事実とされるのは、住居侵入窃盗に当たって1階掃き出し窓のクレセント錠近くのガラスをガラスカッターを用いて半円型の傷跡を付けて割ったうえ侵入し犯行に及ぶというものである。しかし、このような手法は住居侵入窃盗において頻繁に行われているものである。また、ここで用いられたガラスカッターは一般に流通し、容易に入手可能なものであったのだから、道具の希少性は高くない。さらに、甲方で差押えられたガラスカッターにはVの指紋やV方のガラスは付着しておらず、防犯カメラ映像にも甲の姿は映っていなかった。そのため、かかる犯行態様には顕著な特徴があったとはいえない(ⅰ不充足)。
    このような類似の犯罪事実の存在から甲の本件住居侵入窃盗の犯人性を立証する場合には、ガラスカッターを所持していれば住居侵入窃盗に使っただろう、以前に住居侵入窃盗をしていれば本件住居侵入窃盗にも関与しているだろう等の実質的根拠の乏しい人間評価を介した不確実な推認過程をたどることになる。そのため、類似の犯罪事実それ自体で犯人性が合理的に推認できるとはいえない。
  ⑶ したがって、原則通り、証人尋問予定のWの発言内容は、法律的関連性は否定される。
 4 よって、②の請求につき、裁判所はこれを認めるべきでない。
以上

2 分析 ※太文字は試験中の思考

設問1
休憩を取っているとはいっても24時間の取り調べなんて(甲方とH警察署は徒歩10分であり容易に帰宅させることができますし)直感的にも、設問2の違法収集排除法則との関係でも、違法だろうと思った。
令和元年司法試験では別件逮捕勾留が問われていたため、強制処分では連続して身体拘束関係が問われるのではないかと考え、準備しておいてよかった。この論点でも、判例は強制処分(基本的には理由付けをできるだけ削っていくタイプですが、ここに関しては原告適格と同様にとりあえず書きました)(最決51年3月16日、富山地決昭和54年7月26日)と任意捜査(高輪グリーンマンション事件、最判昭和59年2月29日)の2段階枠組み処理しているとされている。もっとも、強制処分レベルで意思決定の自由に制約がないとすると、任意捜査レベルで被侵害利益を認定しにくいというのが論じにくい点である(酒巻説は、意思決定の自由が侵害されるか侵害されないかの二者択一関係にあり、2段階目で意思決定の自由に対する侵害は観念できないため、利益衡量的枠組みにはよることはできないとしても、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、「社会通念上」相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されるという「行為規範」を示したとします。他方、川出説は、意思決定時点の法益侵害だけでなく、意思決定後の法益侵害を被侵害利益と捉えて、なお比較衡量の枠組みを用いた上で反対利益として考慮することができるとします(両説について、詳しくは古江頼隆『事例演習刑事訴訟法』48-52頁(有斐閣、第2版、2015年))。

自分の答案では、後者の立場を念頭に置きつつ、任意捜査レベルでは被侵害利益をぼかして「不利益」という語を使って説明したつもりだが、あてはめの中で抽象論の理由を述べでおりあまりうまく書けていない。
また、強制処分レベルでの検討事項に移動の自由や人身の自由、さらには黙秘権をも含むのか等という難しい問題もある
(詳しくは宇藤崇ほか『リーガルクエス刑事訴訟法』(有斐閣、第2版、2018年)の昭和59年判例の解説「「相当性」の意義」。)。さらに、個人的には、第1段階目で自由な意思決定に基づくとされる場合に、①意思に反するか、②重要な権利利益を実質的に制約するかのいずれで「強制の処分」該当性を否定するのかも悩んだ斎藤司刑事訴訟法の思考プロセス』60-62頁(日本評論社、2019年)は、出頭拒否・退去の自由(198条1項但書参照)について①´「意思の制圧」で考慮しているようです。)。・「クレセント錠」というのは、平成20年司法試験刑事訴訟法で出てきます。これは司法試験では常識とされているのでしょう。とはいえ、事実1でクレセント錠とともに施錠(名詞)が出てくるので、これは別物なのかと混乱しかねません。さらには、設問3との関係では、クレセント錠がどの程度普及しているものなのかということがわからないと結論に影響が出てしまうように思われ、これは問題があると思います。
個人的には、クレセント錠よりも、「掃き出し窓」ってなんだっけと思ってしまいましたが、こちらは結論にあまり影響しないでしょう(ちなみに、こちらは平成29年司法試験刑事訴訟法で出てきます)。

設問2
自白法則と違法収集証拠排除法則の適用関係については、違法収集排除法則で一元的に処理する見解(二元説)も存在する。事前準備の段階で、派生証拠等問題の事案によっては同見解を採用することもあり得ると考えていた。もっとも、同見解では本問のような違法性の弱い偽計による手段が用いられている場合が試金石となっている。そのため、同見解は採用せず、両法則が重畳適用されるという見解(二元説)を採用した。そして自白法則をメインに論じることにしたが、自白法則が優先適用されることを適切に説明することができなかったと思う(主に違法収集証拠排除法則を優先的に適用されない理由(自白法則を優先的に適用する消極的理由)を述べたにすぎず、自白法則を優先的に適用する積極的理由は分量的に全然書けていないことが心配ではある)。他方、一元説を採用すれば、一元説の論証の過程で、自動的に「自白法則と違法収集排除法則の適用の在り方」が導かれるため、正面から問いに答えることができたはずであり、ここにジレンマを感じた。
設問3
直感的にガラスカッターで窓ガラスを半円型に割って住居に侵入して窃盗を行うという犯行態様は顕著な特徴があるとは到底言えないと思った。
・類似の犯罪事実によって犯人性を立証する場合、犯罪性向等の乏しい人間評価を介することなく、それ自体で合理的な推認を行うことができるのかが問われているのだと思った。そのため、伝聞法則と同様に、推認過程を詳細に論じることに努めた。

・起訴され判決が確定した前科(各論については以下のブログもご参照ください)ではなく、類似事実から犯人性を推認するという特殊性は、どのように評価すべきか悩んだが、悩みを見せることはできなかった。
piropirorin0722.hatenablog.com

【再現答案】令和2年司法試験 刑法 B評価

1 再現答案 3174文字

第1 設問1
 1 ①の説明
  ⑴ 甲がBに対して暴力団組員であることを装い600万円を口座に入金させ行為について、以下の理由から、600万円の恐喝罪(刑法(以下省略)249条2項)が成立する。
  ⑵ 「恐喝」とは、財産上の利益処分に向けられた、相手方の意思を抑圧するに足りない程度の害悪の告知をいう。
    甲は、600万円を自己の口座に入金させるために、暴力団組員であると装い「金を返さないのであれば、うちの組の若い者をあんたの家に行かせることになる」と述べている。このような発言をされれば、一般人であれば、自己又は家族に危害が加えられるのではないかと畏怖するといえ、相手方の意思を抑圧するに足りない程度の害悪の告知があったといえる。
    したがって、「恐喝」に当たる。
  ⑵ 甲の口座に600万円が入金されており「財産上不法な利益を得」たといえる。
  ⑶ 上記行為がなければ、Bは財産上の利益を処分しなかったといえるため、処分した600万円全額が損害額となる。
 2 ②の説明
  ⑴ 上記行為について、以下の理由から、100万円の限度で恐喝罪が成立するにとどまる。
  ⑵ 甲は、Aから既に弁済期の到来した500万円の本件債権について債権回収を依頼されており弁済受領権限が有る。そのため、500万円については、構成要件的危険性がなく、100万円についてのみ構成要件的危険が発生するに過ぎない。
 3 私見
  ⑴ 同条の保護法益は意思決定の自由及び財産権にあるため、反抗抑圧に至らない程度の害悪の告知があれば、構成要件該当性が肯定されると考えるべきである。
    そのため、本問では「恐喝」行為があるため、600万円全額につき構成要件該当性が肯定される。
  ⑵ 判例は、債権額の範囲内で、かつ権利行使の方法が社会通念上相当なものである限り違法性が阻却されるとする(35条)。
    本件債権は500万円であるところ、甲は600万円に水増ししており債権額の範囲内とはいえない。また、権利行使の方法も上記のような虚偽を含む畏怖を生じさせるという方法であり社会通念上相当とはいえない。
    したがって、35条によって違法性は阻却されない。
  ⑶ もっとも、債務者Bの同意によって、500万円については違法性が阻却されないか。
    本問では、Bには、本件債権の回収がAから甲に依頼されたことを伝えられている。そのため、本件債権に対する弁済として500万円を支払うことについては同意があったといえる。
    したがって、500万円の限度で違法性は阻却される。
  ⑷ よって、上記行為について、100万円の限度で恐喝罪が成立するにとどまる。
第2 設問2
 1 構成要件的危険性がない点
  甲は、睡眠薬を混入させたワインをAに飲ませる行為を行った。本件で混入した量の睡眠薬を摂取しても、客観的には人が死亡に至る危険はなかった。そのため、上記行為は、Aの自然の死期に先立って生命を断絶する危険性を有する行為とはいえず、「殺」すに当たらないから、殺人罪は成立しない(199条)。
 2 因果関係がない点
  仮に構成要件該当性が認められたとしても、Aの死亡結果はAの特殊な心臓疾患によって発生している。
  そのため、因果関係が切断されるといえ、殺人罪は成立しない。
 3 故意がない点
  甲は、上記睡眠薬を投与する行為(第1行為)によってAを眠らせた後、X剤等によって致死量の有毒ガスを発生させこれを吸引させること行為(第2行為)によってAを死亡させようと考えていた。
  そのため、第1行為の時点において、甲はAの死亡結果を認識及び認容しておらず、故意が認められないから、殺人罪は成立しない(38条1項本文)。
第3 設問3
 1 第1行為について、以下の理由から、強盗傷人罪(240条後段)が成立する。
  ⑴ 「強盗」
   甲は第1行為を行っており、睡眠薬が投与されれば犯行が抑圧されるのが通常であるから「暴行」があったといえる(236条2項「前項の方法」、1項)。
  結果としてAは死亡しており、本件債権の存在を証明する資料が存在しないこと、AB甲以外に本件債権の存在知っている者がいないこと等からすると、本件債権を基礎として発生したAの甲に対する500万円の不当利得返還請求権は、実質的に行使困難になったといえ「財産上不法な利益を得」たといえる。
  したがって、第1行為は2項強盗に当たり、「強盗」に当たる。
  ⑵ 「死亡させた」
   ア 同条は、結果的加重犯としての強盗致死罪だけでなく、故意による強盗殺人罪をも定めている。
   イ では、第1行為は死亡結果を発生させる危険性を有するか。すなわち、第1行為の時点で「実行…着手」があるか(43条本文)。
     「実行…着手」があるといえるためには、文言上の制約からくる①構成要件該当行為との密接性、及び未遂犯の実質的処罰根拠である②構成要件的危険性が必要となる。ここでは、❶第1行為が、第2行為を確実かつ容易にするために不可欠であること、❷第1行為を行った場合に第2行為を行うことにつき障害なないこと、❸第1行為と第2行為の時間的場所的接着性があることを考慮して判断する。
     本問では、第1行為たる睡眠薬投与行為は、第2行為によって発生させた有毒ガスを吸引させるための手段である。睡眠薬によって意識を失わせれば死亡結果を発生させる危険のある第2行為は容易に行うことができる(❶)。また、確実に数時間は目を覚まさない程度の睡眠薬によってAを眠らせてしまえばA方に隣接した駐車場に駐車した自車内のX剤等を取りに行き第2行為を行うことに障害はない(❷)。さらに、A方と自車が隣接していたことから第1行為と第2行為は時間的場所的に近接していたといえる(❸)。
     したがって、第1行為の時点に、①密接性と②危険性が存在するといえ、「実行…着手」がある。
   ウ よって、「死亡させた」といえる。
  ⑶ア 因果関係があるといえるためには、行為の危険が結果に現実化したといえることが必要となる。
     本問では、前述の通り、第1行為の時点で死亡結果を発生させる危険性があった。他方で、第1行為で投与された睡眠薬は、それ自体生命に対する危険性は全くないものであり、死亡結果はAの特殊な心臓疾患があったという介在事情によって発生したとも言い得る。しかし、甲の第1行為がなければAは睡眠薬を摂取することはなかったのであり、死亡結果は第1行為によって誘引されたものといえる。
     したがって、第1行為の危険が結果へと現実化したといえ、因果関係が肯定される。
   イ 甲は、第2行為によってAを死亡させることを計画していたが、実際には第1行為によって死亡結果が発生している。そのため、因果関係の錯誤が問題となる。
     もっとも、危険の現実化の範囲内で符合する限り、規範に直面したといえ故意は阻却されない。
     本問では、甲が想定していた有毒ガス吸引によるAの死亡と、実際に発生した睡眠薬による死亡とは、危険の現実化の範囲内で符合するといえ、故意は阻却されない。
  ⑷ 甲は、第2行為によって、Aを死亡させようと考えていたが、甲の計画をも考慮すると、死亡結果を発生させる第1行為を行った時点において、Aの死亡結果に対する認識があり、これを行っているため死亡結果を認容していたといえる。そのため、第1行為の時点において、故意がある。
 2 A所有の高級腕時計を自らの上着のポケットに入れた行為について、以下の理由から、窃盗罪(235条)が成立する。
  ⑴ 高級腕時計は財産的価値のあるA所有物であるから「他人の財物」といえる。
  ⑵ 「窃取」とは、占有者の意思に反して占有を侵害し自己または第三者に移転させることをいうところ、同時計はポケットに入れた時点で生存するAの占有が認められ、かかる行為はAの昏睡中に行われたためAの意思に反して占有を侵害し、甲に移転させたといえるから、「窃取」がある。
  ⑶ 甲はAの利用を排除し、遊興費を得る意思があるから、不法領得の意思がある。
  ⑷ また、占有侵害を認識して窃取しておりそれでもかまわないと認容しているから故意もある。
以上

2 分析 ※太文字は試験中の思考

設問1
①の説明及び②の説明に言及した上で、甲の罪責を論じる(私見を述べる)という問いに答えることを意識した。
・損害額が争点となるといえば、パチスロ機について通常遊戯方法である限り占有者の意思に反しないないから損害額から除外されるという判例
最判平成19年4月13日)を想起した。しかし、本問は2項恐喝であり(捉え方次第では、口座への入金をもって1項恐喝もあるだろう。この辺については事例演習教材の事例39(渡る世間は金ばかり)の解説1⑴が参考になります。また、同事例47(母さん、僕だよ)の解説2では詐欺の文脈ではあるが「100万円の預金債権を不法に取得したとして、二項詐欺罪の成立を認めるのが筋であるが、100万円の振込みは現金100万円の占有を取得したしたことと同視しうるとして、一項詐欺罪の既遂を認めるのが実務の一般的な運用であるといわれる」ととしています。)、この判例は援用できなかった。
・次に考えたのは、構成要件レベル又は違法性阻却レベルで損害額の捉え方を変えるというもの。詐欺罪における実質的個別財産説を参考にして、②では、500万円については実質的損害がなく構成要件該当性を否定(100万円についてのみ実質的損害があり構成要件該当性を肯定)される。しかし、額で構成要件該当性を分けることができるかについては適切なものかよくわからず違和感(実質的個別財産説は、未成年者が年齢を偽って成人誌を購入した場合に実質的損害がないとして未遂すら否定する理論と記憶していたので)あった(事例演習教材の事例25(報復と仲間割れ)の解説では「権利行使の部分については財産損害はないとして、恐喝罪の構成要件該当性を否定する見解も有力である」とされています。)私見では、恐喝による取立ての違法性阻却を検討した。

・これに続けて被害者の同意による違法性阻却を検討した。しかし、これは筆が滑った感がある。現場でこのように考えたのは、たしかに甲の恐喝によりBは畏怖しているから有効な同意なんて観念できないとも思えるが、AがBに対して甲が本件債権を取り立てる旨を伝えてBがこれに同意したとすれば事前の有効な同意を観念し得ると思ったから。簡素な問題でしたが、個人的にはよくわからない問題だった。
設問2
「簡潔に述べなさい」に従うように努めた。おそらく設問3への誘導となっているのだろうと思った。最低限の事実を指摘し、あてはめの中で規範を示した(具体的な事実については、設問3で論じようと思った)。しかし、設問2の問いでは、殺人既遂罪が成立しないという結論の「根拠となり得る具体的な事実」を3つ挙げ、当該「結論を導く理由」を事実ごとに書くことが求められていました。具体的な事実として足りないのではないか、規範を導く理由が求められていたとすればあてはめを示すだけでは問いに答えたことになっていないのではないかなど疑義がある。
設問3
設問2の誘導に従うと、上記で論じた3つの観点から考えると甲の犯罪が成立しないとする余地があり、この3点をいかにフォローしながら犯罪成立を肯定するのかが問われているのだろうと推測した。
・2項強盗による強盗傷人罪を主に論じた。加えて、腕時計の窃盗罪(不法領得の意思が故意とは異なる要件であることを並列して論じることで示した)を論じた。他方、払い戻し行為につき詐欺罪、
Aから依頼を受けて弁済を受けた金銭を消費した行為ににつき横領罪、ホームセンターでX剤等を購入した行為につき強盗予備罪を検討する余地があるのだろうが、時間との関係で論じなかった。このように論点を絞る方針にしたのは、上記推測によるものである。しかし、設問3の問いは「【事例2】における甲の行為について、その罪責を論じなさい」「なお、【事例1】における甲の罪責及び【事例2】で成立する犯罪との罪数については論じる必要はない」とされており、裏を返せば【事例2】における甲の行為全てが検討対象となり、これらの犯罪については罪数処理が必要ということ。また、上記のような推測では、事実3の事情を全く拾えてないんですよね。そうすると、甲の罪責は網羅的に検討し罪数処理までするべきであり、自分の方針はあまりよくないのでしょう。詐欺罪、横領罪の検討を欠いたことは、評価が沈む原因となりそう。それにしても時間足りないでしょ。
設問3で一番悩んだのは、強盗殺人罪の成立要件である「強盗」が何条の強盗罪なのかということ。甲はAに対する不当利得返還債務を免れようとしているため2項強盗として問擬できるものの、睡眠薬投与行為自体を相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行又は脅迫といいにくいのではないか。他方、昏睡強盗として問擬すると、「財物の窃取」といいにくいのではないか。
・また、「実行…着手」の論点をどの段階で論じるべきかについても悩んだ。強盗殺人罪の成立要件である「強盗」の実行行為の中で論じるのか、それとも強盗殺人罪の「死亡させた」の中で論じるのか。

【再現答案】令和2年司法試験 民事訴訟法 B評価

1 再現答案 3248文字

第1 設問1 課題1
 1 将来給付の訴えが認められるためには、あらかじめその請求をする「必要」性が要件となる(民事訴訟法(以下省略)135条)。
   本問において、Y2はAから相続した敷金返還請求権60万円の支払いをXに求めている。
   他方で、XはAから受け取った金銭は礼金であって、返還の必要のある敷金ではないとして、敷金返還請求権の存在を争っている。
   したがって、現時点において、請求権の存在を認めておく「必要」性があるといえる。
 2 また、将来給付の訴えは、あらかじめ請求を認めたとしても、事後の事情変動により、解決基準として意味をなさなくなるだけでなく、債務名義として不当な執行を招くおそれがある。そのため、訴えの利益の前提として、請求適格も要件となる。
   請求適格とは、①請求権の基礎となる事実関係及び法律関係が既に存在しその継続が予定されており、②被告に有利な事情変動があらかじめ明確に予想でき、③請求異議の訴えによって執行を阻止することの負担を被告に課しても不当といえないことをいう。
   本問では、AX間本件契約において、敷金として120万円がAからXに差し入れられている。また、X及びY2によればAX間の解約合意によって本件契約は9月30日に終了する。さらに、8月分まで賃料の滞納はなく、本件建物には損傷はない。そのため、Y2が本件契約終了後に本件建物を明け渡せば、60万円満額につき敷金返還請求権を行使することができる状況にある(①)。
   また、被告Xに有利な事情変動として考えられるのは、敷金返還請求権が賃貸借契約が終了し不動産が明渡された後に一切の債務を控除した残額につき発生するという特質に照らすと、本件建物に一見して見つけることのできなかった通常損耗を超える損傷がある等の例外的な場合に限定される(②)。
   そうすると、このような状況において、あらかじめY2に敷金返還請求権を認めた上で、被告Xに上記事情変更が生じた場合に請求異議の訴えの負担を課したとしても不当とはいえない(③)。
   したがって、請求適格があるといえる。
 3 よって、Y2の将来給付の訴えは認められる。
第2 設問1 課題2
 1 確認の訴えは、対象が無限定となるおそれがあり、また給付の訴えのように執行力がなく実効性に乏しい。そのため、確認の利益を限定的に考えるべきである。
   そこで、❶対象選択の適否、❷即時確定の利益、❸方法選択の適否から、確認の利益が認められるか判断する。
   本問では、本件契約が終了した後に本件建物が明け渡され一切の債務を控除したこと条件にその残額について発生する現在の停止条件付敷金返還請求権と構成している。Y2としては、同権利が認められるのであれば本件契約終了を争わずに本件建物を明け渡そうと考えており、仮に同権利が認められなければ本件契約の終了を争う又は本件建物を明け渡さないと考えるはずである。そのため、同権利の存在について既判力をもって確定することは当事者の紛争解決にとって有効適切といえる(❶)。
   また、前述の通り、Xは敷金の存在について争っているのであり、Y2の権利に不安が存在し、その不安を除去する必要があるといえる(❷)。
   さらに、課題2においては、将来給付の訴えが認められないことが前提とされているため、他に適当な代替手段がないといえる(❸)。
   したがって、上記訴えについて、確認の利益が認められるといえる。
第3 設問2
 1 裁判所の心証形成の資料
  民事訴訟においては、弁論主義が妥当する。
  弁論主義とは、判決の基礎をなす事実の確定に必要な資料の収集及び提出を当事者の権能かつ責任とする建前である。
  これは、実体法上の私的自治の原則を訴訟法上にも反映することで、原告の合理的意思を尊重し当事者の不利益を防止するためである。
  そのため、ここでの資料とは、当事者が口頭弁論期日において提出した資料(証拠資料)に限定されると解される。当事者は、同手続においては反論の機会が設けられているため(149条4項参照)、その限りで不意打ちを防止できるからである。
 2 和解期日は、口頭弁論期日ではない。また、本問の和解期日では順次個別の面接方式が採用されており、反論の機会もない。そのため、このような和解期日におけるY2の発言を資料として心証の基礎とすると、Y1の不意打ちが生ずるおそれがある。
  したがって、裁判所は、和解期日におけるY2の発言(証拠資料)を心証形成の基礎とすることはできない。
第4 設問3 課題1
 1 本件訴訟の類型
  ⑴ 本件訴訟が、固有必要的共同訴訟に当たるのであれば40条1項によってY2は全員の利益にならない訴えの取下げを行うことはできない。他方で、本件訴訟が、通常共同訴訟に当たるのであれば、39条によってY2は単独で訴えの取下げを行うことができる。
  ⑵ 固有必要的共同訴訟とは、ⅰ訴訟共同の必要性及びⅱ合一確定の必要性がある訴訟類型をいう。敗訴時には訴訟物を処分したのと類似するため、訴え提起も処分に類似するといえる。そのため、管理処分権を基本とし、訴訟法的観点を考慮して考える。
    まず、判例は、所有権に基づく土地明渡請求について、通常共同訴訟であるとする。被告らの明渡債務は不可分債務であり、各人が単独で履行することができるため管理処分権を共同行使すべき関係にない。また、原告にとって被告探求の困難性があり、仮に被告の一人に勝訴しても他の被告との関係では債務名義がなく執行ができないから不当でなない。そのため、訴訟共同の必要性がない(ⅰ不充足)。
   本問では、本件訴訟は、Xの本件契約の終了に基づく本件建物明渡請求である。ここでも、被告の明渡債務は不可分債務であり、各人が単独で履行することができるため管理処分権を共同行使すべき関係にない。また、XにとってAの相続人が誰であるか探求することは困難といえる。さらに、訴えを取り下げても、初めから訴訟係属がなかったことになるに過ぎず(262条1項)、他の相続人との関係では訴訟が継続するため、他の相続人にとって不利益はない。そのため、訴訟共同の必要性がない(ⅰ不充足)。
   したがって、固有必要的共同訴訟にあたらない。
  ⑶ なお、判決効が他に及ぶ関係にもないため、類似必要的共同訴訟にも当たらない。
  ⑷ 本件訴訟は、通常共同訴訟に当たる(38条)。
 2 以上からすると、39条によって、XはY2に対する訴えのみを取り下げることができる。
第5 設問3 課題2
 1 共同訴訟人間の証拠共通の原則
  通常共同訴訟においても、証拠共通の原則は妥当する。
  弁論主義第3テーゼは、裁判所は、当事者に争いのある事実を証拠によって認定するには当事者の申し出た証拠によらなければならないとする。これは、同一期日内における自然な事実認定のために、訴訟人独立の原則よりも自由心証主義を優先させるものである。
 2 訴え取下げの影響
  XのY2に対する本件訴訟について訴えの取下げが行われると、同訴えは初めから訴訟係属がなかったことになる(262条1項)。そうすると、Y2は訴訟の当事者とはいえなくなり、当該訴えにおいてY2が申し出た証拠も、当事者の申し出た証拠といえなくなるのではないか問題となる。
3 結論
  もっとも、上記テーゼは、当事者の不意打ちを防止するものである。そのため、反論の機会が与えられていれば、当事者に不意打ちを与えないといえ(152条2項参照)、上記テーゼに反しない。
  本件訴訟において、XはAとの会話から本件契約の解約合意が成立したことを立証しようとしている。他方、Y2は本件日誌によってAX間に解約合意が成立していないことを立証しようとしている。つまり、XとYらの間では、解約合意の成否が争点となっている。そのため、XはY1との関係においても本件日誌による解約合意の立証について反論の機会が与えられていたといえ、本件日誌によって解約合意が成立しないと認定されても不意打ちを受けるとはいえない。
 したがって、上記テーゼに反さず、Y2の提出した本件日誌を取調べの結果を事実認定に用いてよい。
 以上

2 分析 ※太文字は試験中の思考

設問1課題1及び課題2
・課題1については、将来給付の「必要」性要件(民訴法135条)と請求適格(請求権発生の蓋然性要件)を検討した。後者について、予備試験でも問われていたため、事前準備はしていたTwitterアンケート2020.3.19)


もっとも、「適法性が認められた場合の被告の負担を考慮する必要があります。ただし、応訴の負担は考慮する必要がありません。」という誘導の意味が分からなかった。誘導の本文は請求適格の一番最後の要件の検討を具体的に行うことを求めるように読める一方、誘導の但書は同要件で本来に検討すべきである請求異議の訴えを提起しなければならなくなるという被告の負担を考慮する必要がないと読めるからである。
・課題1は、実務的には請求適格否定というのが当然だ!みたいな話を聞きました。たしかに賃貸人・大家さんからすればそうなのかもしれない。しかし、参考答案では例外的に請求適格肯定の結論を導いています。つまり請求適格要件②を肯定したということです。この辺の事情って問題文にはあまり書いておらず、想像して書くことになるんですよね。存在しない事情をないものとして②要件を否定するのが素直だったのかもしれないです。存在しない事情を考えて書いたわけですから、それがあーなるほどなと思わせる表現になっているとすれば、②要件を肯定したことも、評価が大きく沈む原因にはならないのではないかと思っています。
・課題2については、おなじみの3要素から検討している。特に❶では条件付権利について、❷では即時確定の利益(将来給付の訴えの(請求適格ではなく)必要性とオーバーラップ)についてを厚く論じた。
設問2
・一番問われていることがわからない問題だった。心証形成の資料が問われているから弁論主義の問題なのだろうと思った。まず、(和解成立に至らない状況において)「和解手続における当事者の発言内容をその後の判決に影響させることがないように、注意する必要があります」というJの発言と(「和解期日におけるY2の発言から、XA間の解約の合意は存在したという心証を得て、それに基づいて判決をすることができないのですね」というQの質問に対して)「もちろん許されません」というJの発言から、向かうべきゴールは見えてきます。次に、Jの発言を「まず」と「また」で分節し、前者について①「裁判所は何を心証形成の資料とすることができるとされているのかを示」すこと、②「和解期日におけるY2の発言がそれに当たらないことを説明」すること、後者について③「和解手続における当事者の発言内容を心証形成の資料とすることができるとすると」生じてしまう「問題」を示すことに分解します。そうすると3点が求められていることがわかります。内容のわからない問題は、とりあえず最低限形式面を揃えることを考えます。
①については、当事者が資料の提出をするのは通常は口頭弁論期日なのだから、和解期日で提出された資料ではだめなのだろうと考えた。もっとも、民事訴訟法の短答式もなくなったこと、予備試験の民事訴訟法の短答を勉強していないこと等もあり、基本的な知識であろう和解期日が口頭弁論期日であるか否かということすらわからなかった。そのため、民事訴訟法における講学上のタームを適切に使って説明できるか不安だった(条文に引き付けて論じるとすれば、「口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果」(247条)に当たらないことを論じることになるのでしょうか)。とりあえず、訴訟資料と証拠資料の峻別に紐付けて論じた。
・②については、①で導いた規範のあてはめとして論じ、③についても、①の規範を導く理由として論じた。要するに、①の結論(規範)があって、これを基礎付ける理由が③であり、実際にあてはめると②になるという構成にした。
設問3課題1及び課題2
・課題1については、訴訟類型が問われているから、固有必要的共同訴訟と通常共同訴訟の区別が問われているのだろうと思った(各論については以下のブログをご覧ください)。もっとも、現場ではパニック(おそらくいずれか一方であることが明確なんだろうがどっちだろう、ここで外したら評価が大きく沈む原因になりかねない)に陥って結論をどちらにすべきなのかよくわからなかった。つまるとこと、管理処分権について、明渡債務が可分債務なのか不可分債務なのかがわからなかった。そのため、確定した類型によって適用される条文が異なる(40条1項と39条)ことを先出することで、問題意識には気づいていることをアピールすることに努めた。
piropirorin0722.hatenablog.com
・課題1については、契約終了に基づく建物明渡請求が問題となっている。他方、所有権に基づく土地明渡請求権について、判例
最判昭和43年3月15日)は通常共同訴訟であるとしている。同判例の射程が及ぶのか、又は同判例を参照にすることができるのかを意識して論じた。
・課題1では、時間の都合で割愛したが、通常共同訴訟のあてはめを論じたかった。
・課題2については、弁論主義第3テーゼについて、弁論主義の趣旨及び機能に遡って論じた。正直課題2も良くわからなかったが、訴え取下げによって証拠を申し出た者(Y2)が当事者でなくなるのではないか、相手方(X)に不意打ちを与えることになるのか等疑問に思った点について論じた。
辰巳法律研究所の速報によると、訴訟行為は原則撤回自由であるが、証拠調べ終了後の証拠申出の撤回は、裁判官の心証が形成されている以上、認められないとされていることとパラレルに考えることができるとされていました。なるほど、証拠申出の当事者だけでなく、その相手方においても、既に心証形成がなされていること(Y側(特にY1)の事情)を理由に、同様の立論をすることが可能なのかもしれません。しかし、そうだとすると本問の特殊性である訴えの取り下げ(ひいては自己に不利な証拠申出及び証拠調べがされた者(X)が、その証拠を排除し得るという不当性(X側の事情))を十分に考慮することができないのではないかと思いました。

【再現答案】令和2年司法試験 商法 C評価

1 再現答案 2222文字

第1 設問1
 1 訴訟選択
  新株発行無効の訴え(会社法(以下省略)828条1項2号)を提起する。
 2 訴訟要件
  ⑴ Bは、甲社株式を29000株保有するため、「株主」に当たる(同条2項2号)
  ⑵ 被告は甲社である(834条2号)。
  ⑶ 非公開会社たる甲社においては、令和2年5月14日は株式の効力発生日たる同年4月10日から「一年以内」である(828条1項2号カッコ書き)。
 3 本案主張
  ⑴ 無効事由については明文を欠く。
    また、有効に発行された株式を前提に構築された法律関係を覆すことになるから、無効事由は限定されるべきである。
    そこで、重大な瑕疵である場合に限り、無効事由となると解される。
  ⑵ まず、本件招集通知に記載された事項以外の事項である本件議案1及び本件議案2について、取締役会設置会社たる甲社の株主総会で決議したことが309条5項に反し、「決議の方法」の「法令…違反」(831条1項1号)に当たる(以下瑕疵①という)。
    もっとも、招集通知に記載した事項のみを決議の対象とする趣旨は、株主総会において議決権を行使する準備の機会を確保するものである。
    そこで、株主が全員出席し、全員が同意して決議がなされた場合には、上記機会を株主が放棄したものといえ瑕疵が治癒されると解される(300条参照)。
    本問では、たしかに、招集通知に記載されていない本件議案1及び本件議案2を突然上程したことについて、Cが理由を述べている。しかし、同理由のうち、本件優先株式の評価額が客観的には1株当たり4万円であるにもかかわらず、1株当たり2万円であるという虚偽の内容であった。本件議案1及び本件議案2について議決権を行使する株主としては、払込金額について関心があるはずであり、このような内容を認識していない状況においては瑕疵の治癒について同意したとは評価できない。
    したがって、瑕疵①は治癒されたとはいえない。
  ⑶ そして、瑕疵①は株主権の中核である議決権の適切な行使を妨げるものである。また非公開会社においては、持株比率への期待が高く(309条2項5号)、無効確認の訴えの提訴期間も伸長され手厚く保護されている(828条1項2号)。そのため、瑕疵①は重大な瑕疵といえる。
  ⑷ 次に、上記のような議決権の行使は適法なものと認めらない結果、80000株中の29000株の議決権の行使がなかったものと扱われる。そのため、3分の2以上という多数決要件を充足しないといえ(309条2項5号及び11号)、「決議の方法」の「法令…違反」に当たる(以下瑕疵②という)。
  ⑸ 瑕疵②も瑕疵①と同様の理由により重大な瑕疵といえる。
  ⑹ よって、瑕疵①及び②は無効事由に当たる。
 4 主張の当否
  以上から、上記訴えは認められる。
第2 設問2小問⑴
 1 Pは甲社の本件優先株式を5000株保有している。
   また、甲社では、本件優先株式1株につき1000円の配当優先額が設定されている(定款①)。
 2 このような中で、本件優先株式のみを2株につき1株の割合(本件議案3の①)で併合する本件株式併合(180条1項)が行われた。
   そのため、まず、Pの5000株が2500株に減少することによって、非公開会社たる甲社における持株比率が5%から2.5%に低下するという不利益が生じる。
   次に、今までは5000株に対する配当優先額が500万円であったところ、2500株に対する優先配当額は250万円であるから、一事業年度において差額の250万円を得ることができなくなるという不利益が生じる。
第3 設問2小問⑵
 1 手段
  本件株式併合の効力発生前の時点であるから、Pは、株式併合差止め請求権(182条の3)を被保全権利として、仮処分申立てを行う(民事保全法23条2項、13条)。
 2 認められるか
  ⑴ 「法令…違反」
   株式の併合を行うためには、株主総会において株式の併合を必要とする「理由を説明」する必要がある(180条4項)。
   同条の趣旨は、株式の併合により不利益を受ける株主に議決権行使をするか否か判断を可能にさせることにある。
   そのため、本件株式併合について議決権を行使するか否かを判断させるに足りる説明がなければ、「必要な説明」があるとはいえない。
   本問では、上記のような持株比率の低下という不利益が生じる。非公開会社たる甲社においては、かかる不利益は甚大である。また、優先配当額も一事業年度当たり250万円もの減少するため不利益は甚大である。そのため、このような不利益が生じることについて、具体的に示す必要があったといえる。にもかかわらず、Cは、本件臨時株主総会において、本件議案において併合割合を示すのみで、具体的な不利益をPに対して明示していない。このような説明のみでは、Pは本件株式併合について議決権を行使するか否かを判断することは困難である。
   また、Cは、本件優先株式に係る甲社の剰余金の配当の負担を軽減するために本件株式併合が必要である旨を説明するにとどまり、なぜ先に役員報酬の減額等の他の代替手段ではなく本件株式併合でなければ目的を達成できないかについての説明をしていない。このような説明のみでは、Pは本件株式併合について議決権を行使するか否かを判断することは困難である。
   したがって、Cの説明をもって、「必要な説明」をしたとはいえず、180条4項について「法令…違反」があるといえる。
  ⑵ 前述の通り、併合割合を2分の1とする本件決議3が可決されているから、Pには、持株比率の低下及び優先配当額の減少の「不利益を受けるおそれがある」。
  ⑶ よって、上記差止め請求権が認められ、これを被保全権利とする仮処分申立ても認められる。
以上

2 分析 ※太文字は試験中の思考

設問1
株式発行無効の訴えを選択した。訴訟要件も丁寧に論じた。
本案の瑕疵については、非上程事項の決議(309条5項)と決議要件違反(309条2項5豪11号)を指摘した。本件優先株式の評価額について虚偽の説明をした点は、前者の瑕疵が全員出席総会によって治癒するか否か(300条参照)の中で論じた。しかし、再現答案を作っている中で、そもそも客観的な評価額の2分の1で株式発行を行っているのであれば、それは有利発行に当たり説明義務違反(199条3項)を別途主張する方が直截であったと感じた。説明義務違反の検討が求められていたとする場合、かかる条文の検討を欠く点で、評価が沈む原因になりそう。もっとも、後述のように、設問2においても説明義務違反の検討をしており、設問1及び設問2の両方で説明義務違反を検討させるという問題の構成には少し疑問を感じたが、そのような検討が求められていた場合には、各説明の内容を具体的に確定しその差異を明確に論じたかった。
司法試験ではあまりないが、5分ほど時間が余ってしまった。設問1で有利発行・説明義務違反、本件決議2が取り消され遡及的に無効となれば有利発行について株主総会を欠くことなどを検討できていないことは、もう少し時間をかけて答案構成をしていれば防ぐことができたかもしれない。設問1で60点分も書けていないと思う。
株主総会決議取消の訴えとの関係については、「その主張の当否」において論じることが可能かもしれないが、自説としては、吸収説を採用しているため、本問では論じる実益がない(江頭憲治郎『株式会社法』737頁注7(有斐閣、第7版、2017)でいう吸収説の①③)。前述のとおり、再現答案では、「どのような訴え」として株式発行無効の訴えのみを指摘している。自分の理解では、株式発行無効の訴えの中で、株主総会決議取消事由を主張する、すなわち別途株主総会決議取消しの訴えを併合提起するわけではないから、裁量棄却についても検討は必要ないはず(ソース確認できていません)。他方で、新株発行無効の訴え及び本件決議1及び本件決議2の取消しの訴えを併合提起することになるとすれば、裁量棄却の検討が必要になるだろう。いずれにしても、取消事由は株主総会決議から3か月間した主張できないはずだから、それについては言及しておくべきだったと思う(上記吸収説の②)(ただし、非公開会社の場合には、提訴期間を1年間に伸長したことの意味が大きく失われかねないとの指摘がある(高橋美加ほか『会社法』324頁(弘文堂、第3版、2020))。

設問2小問⑴及び小問⑵
株式の併合についての平成26年改正の知識が問われたのだと思った。ただ、差止め請求権(182条の3)の要件である法令違反が180条4項の説明義務違反以外に見つからなかった(特別利害関係(831条1項3号)は検討できたかもしれない。たしかに本件決議3に賛成したA及びBには結果として持株比率の上昇という他の株主と共通しない特殊な利益があるといえるから。これもみんな書けてそうだから、評価が沈む原因になりそう。他方、事実7なお書き⑥で甲社の定款で種類株主総会決議が不要とされているが、この定款の有効性云々というのは気づきにくいと思う。)。説明義務違反以外の法令違反は多くが誘導で排除されていた。説明義務違反を検討する場合、株式併合におけるその具体的内容が何なのかがよくわからなかった。差止め請求権の趣旨や株式併合によって生じる不利益から具体的説明義務の内容を構成した。小問⑴で先に株主に生じる不利益を論じさせたのは、小問⑵における説明義務を具体的に論じさせるための誘導なのではないか。
しかし、小問⑴と小問⑵の関係を、説明義務の具体的内容を論じさせるための誘導であると考えると、小問⑴で論じた不利益と小問⑵の「株主が不利益を受けるおそれ」がかなりオーバーラップするように感じ疑問に思った。そのため、小問⑵の「株主が不利益を受けるおそれ」の要件については、不利益性ではなく、その不利益が生じる蓋然性に重きを置いて論じるように努めた。
小問⑴については、持株比率の低下及び優先配当額の減少を指摘した。ここでは、5000/90000株が2500/85000株になること、すなわち持株比率が約5%から3%未満に低下することも指摘できるとよかったみたいですね。つまり、少数株主権伊藤靖史ほか『リーガルクエス会社法』65頁(有斐閣、第4版、2018)の図がわかりやすいです。)の行使ができなくなるという不利益があるんですね。・小問⑵については、前述の通り、再現答案を作っている中で、設問1の説明義務違反(199条3項)を検討すべきであると感じたが、このように考えると設問2小問⑵の説明義務違反(180条4項)とでかなり構成が近接すると感じた(もちろん説明すべき内容は異なるが)。そうすると、設問2小問⑵で説明義務違反(180条4項)を論じること自体が間違っている可能性がある(この場合には、評価が沈むことになりそう。)。

【再現答案】令和2年司法試験 民法 B評価

1 再現答案 3608文字

第1 設問1
 1 Cの主張
  ⑴ AはBに対し6000万円で甲土地及び乙建物を売った(民法(以下省略)555条、契約①)。既に契約①に対する1000万円の弁済を受けているため、5000万円の残代金請求権を有する。
  ⑵ CはAから上記残代金請求権の譲渡を受け(466条1項本文)、債権者Aが債務者Bに対して「通知」をしているため、CはBに対して債権譲渡を対抗できる(467条1項)。
 2 Bの支払額を少なくする主張及びその当否
  ⑴ 契約①の目的物である乙建物が防音性能を備えていなかったため、引渡された目的物の「品質」が「契約内容に適合しない」(562条1項本文)とすれば、代金減額請求権を有する(563条1項)。またこの場合には、損害賠償請求権をも有する(564条、415条1項)。
Bとしては、両債権を自働債権として相殺することになる(505条1項本文、506条1項前段)。
  ⑵ 本問では、契約①において、乙建物が特に優れた防音性能を備えた物件であることが合意の内容とされていた。もっとも、乙建物は合意された防音性能を備えていないことが判明した。そのため、契約①の乙建物について「品質」が「契約内容に適合しない」といえる。
   そして、BはAに対して費用の負担又は工事の手配を求めたが、未だAから応答がないため、「相当の期間を定めて履行の催告をし」たにもかかわらず「履行の追完がない」といえるため、代金減額請求権を有する。
   また、Aは防音性能を備えていない乙建物を引渡しているから「債務の本旨に従った履行をしない」といえ、同性能を欠く部分については通常無価値といえるから、Bは損害賠償請求権を有する。
  ⑶ そして、上記両債権と残代金請求権には債権対立があるため、相殺が認められるとも思える。
  ⑷ もっとも、Bが上記両債権を取得したのは令和2年10月10日であり、Cが対抗要件を具備したのは同年7月30日であるから、「対抗要件具備時よりも前に取得した譲渡人に対する債権」とはいえない(469条1項)。では、対抗要件具備時より「前の原因」に基づいて生じた債権(同条2項1号)として相殺が許されないか。
    同条が例外的に相殺を認める趣旨は、対抗要件具備よりも後に取得した債権であっても、相殺に対する期待があったのであれば保護すべきだからである。
    そこで、対抗要件具備よりも前に自動債権を発生させる基礎となるべき事情が存在すれば「前の原因」といえると解される。
    本問では、契約①の目的物たる乙建物の契約不適合によって自働債権が発生している。もっとも、近隣住民がBに対して述べた苦情によると以前Aとの間でも同様のトラブルがあったというのであり、かかる契約不適合は、契約①が締結する以前から存在していたといえる。そのため、Cの対抗要件具備よりも前に自働債権を発生させる基礎となるべき事情が存在していたといえ、「前の原因」といえる。
    したがって、Bは両債権を自働債権として相殺を行うことができる。
第2 設問2小問⑴
 1 ㋐のB発言及びa部分
  ⑴ 地役権の設定を前提としていないため、Bは、213条2項、1項により無償でa部分を通行する権利があると主張する。
  ⑵ 甲土地は、一筆であったD所有地を分割することによって丙土地の袋地となった。
    そのため、甲土地をDから買ったAには上記権利が認められる。そして、甲土地をAから買ったBに上記権利が認められる。公道に至るためには、少なくともa部分を通行することが必要となるため、Bは上記権利に基づきa部分を通行することができる。
 2 ㋐のB発言及びc部分
  ⑴ 上記権利によりc部分まで通行する権利があると主張する。
  ⑵ 上記権利は「必要」かつ「他の土地のために損害が最も少ないもの」でなければならない。
   たしかに、Bは自家用車を購入しており同車両の通行にはc部分まで通行することが「必要」といえる。しかし、c部分まで通行することなくとも、徒歩であればa部分のみを通行することによって行動に至ることができる。そのため、c部分まで通行することは「他の土地のために損害が最も少ないもの」とはいえない。
   したがって、上記権利に基づいてもc部分まで通行することはできない。
第3 設問2小問⑵
 1 ㋑のB発言
  ⑴ Bは解除制度の趣旨を、契約関係からの解放であるとの理解を基礎としているものと考えられる。
  ⑵ 地役権は物権であるから、契約②によって、DはBの丙土地の通行を受忍すれば足りるのであり、何ら履行すべき義務を負うものではない。そのため、Dが解放されると望む債務が存在しないため、解除を認める必要性がない。
 2 ㋒のD発言
  ⑴ Dは解除制度の趣旨を、債務不履行に帰責事由が存在する場合に契約関係を解消するものであるとの理解を基礎としているものと考えられる。
  ⑵ 契約②によって、DはBに対して丙土地を通行させる義務を負い、他方Bは年2万円を支払う義務を負う。そして、Bは債務を履行していないため、債務不履行につき帰責事由が存在する。そのため、Dはこれを理由として契約②を解除することができる。
 3 私見
  ⑴ 解除制度の趣旨は、契約関係からの解放である。現行法は債務者の帰責事由を要件とはしていないからである。
  ⑵ そして、契約②によって、DもBに対して丙土地を通行させる義務を負っているといえる。そのため、Bの債務不履行が存際する以上、Dはこれを理由として契約②を解除することができる。
第4 設問3
 1 BのGに対する請求の根拠
  ⑴ Bは、Eの代理人Fとの間で契約した契約③が本人Eに帰属し、これによって生じた所有権移転登記手続債務(560条)をGが相続により承継すると主張する。
  ⑵ 本問において、Fには丁土地売買に関する代理権がないため、Eの追認なき限り、無権代理であり契約③はEに帰属しないのが原則である(113条1項)。
  ⑶ もっとも、761条によって有権代理(99条1項)が成立しないか。
    761条は夫婦の日常家事に関する債務を定める規定であるが、夫婦別産制ゆえに取引をした第三者が害されることのないように、同条は日常家事代理権をも実質的に保障していると考えられる。
    日常家事代理権の範囲は、行為者の目的だけでなく、行為の性質から判断する。
    本問において、Fは契約③によって、夫E所有の丁土地を売却している。たしかに、契約③はEの医療費に充てるつもりであったから、日常家事に当たるとも思える。しかし、一般的に見て、不動産の売買は夫婦の日常家事とは考えられない。
    したがって、有権代理は成立しない。
  ⑷ では、761条を基本代理権として、表見代理(110条類推適用)が成立しないか。
    夫婦別産制を害するため、日常家事代理権への信頼は保護されず、直接適用はできない。
    もっとも、日常家事であるとの信頼は保護されるべきである。
    そこで、当該行為が夫婦の日常家事の範囲内であることにつき善意無過失であれば、表見代理が成立すると解される。
    本問では、契約③に際して、Fは無断で作成したEの委任状及び印鑑登録証明書を提示している。夫婦であれば勝手にこのような書類を準備といえるかもしれない。しかし、入院加療中のEの医療費に充てるつもりであること、親族Gの了解を得ていることを伝えている。そのため、Bとしては、契約③が夫婦で負担すべきEの医療費の捻出という日常家事の範囲内であることにつき疑念を生じさせるような事情は存在しなかったといえる。また、もちろん日常家事の範囲内でないとは考えていなかった。
    したがって、契約③締結行がEFの日常家事の範囲内であることにつき善意無過失であったといえ、表見代理が成立する。
  ⑸ よって、契約③は本人Eに帰属するため、Eは所有権移転登記手続債務を負う。
  ⑹ そして、Eが死亡したことによって、F及びGが上記債務を相続する(882条、896条本文、898条、890条、889条1項2号)。
    もっとも、Fが相続放棄したことによって、上記債務はGのみが負うことになった。
 2 請求の当否
  ⑴ ここで、無権代理人が本人を相続した事例において、判例は、本人の地位及び無権代理人の地位を併有する無権代理人は本人の地位に基づいて追認拒絶をすることが信義則上許されないとする。
  ⑵ 他方で、本問では、本来的には無権代理人であったF及び第三者Gが本人Eを相続している。そのため、Fは信義則上追認拒絶が許されないとしても、Gは追認拒絶を主張することができるのが原則である。
    しかし、本問では、Gは契約③によってBから支払われた400万円のうち200万円を取得している。また、契約③についてEの親族として了解を与えるにとどまらず、契約③締結に際して同席している。さらに、丁土地を不動産業者に売却することにより、先に契約③を締結したBを害することを認識でき、これを認識した上で行っている。
    したがって、このような客観面及び主観面を考慮すると、Gが追認拒絶を主張することは、権利の濫用(1条3項)に当たり許されないといえる。
  ⑶ よって、契約③に基づくBのGに対する所有権移転登記手続請求は認められる。
以上

2 分析 ※太文字は試験中の思考

設問1
・別紙図面を見た瞬間に、ついに通行地役権と時効取得に関する判例が効かれるのかと思ったが、この判例は本問には関係なかった。
・設問1及び設問3はある程度書くべきことが分かったが、設問2の特に小問⑵に関しては法律構成がよくわからなかった。そのため設問1及び設問3に重点を置き、設問2は1頁程度で切り上げようと考えた。
・設問1では、減額の主張を「複数挙げ」ることが求められていたが、相殺しか浮かばなかった。考えても答えがわからなかったので、自働債権が代金減額請求権と損害賠償請求権という2つであるとして主張を「複数挙げ」たという形式だけはそろえたが、自信がない。
よくよく考えると代金減額請求権を自働債権として相殺というのは迂遠なんですかね。代金減額請求権を行使すれば相殺の意思表示なんてものをせずに、代金減額の効果が生じるのでしょうかね。そうすると、相殺の枠で論じる損害賠償請求については469条を論じるとしても、代金減額請求については468条を論じるべきだったのでしょう。
・相殺の論点についても従前から存在していた議論はあるものの、改正によって出現した条文からの問いであると考えたため、比較的丁寧に論じるように努めた。
設問2小問⑴及び小問⑵
・設問2小問⑴では、契約②による地役権設定がなくとも、通行することができる権利が問われているため、囲繞地通行権を論じた。地役権周りで条文を探していたが見つからなかったため少し焦ったが、法定の権利であること、物権であること等から所有権周りで条文を探したら見つけることができた。
・本問では、分筆によって袋地が出現していること、AからBが袋地の譲渡を受けていることから、213条2項1項が適用されるのではないかと思った。これは、現時点で少なくとも月2万円の支払いをしていないBが、a部分について通行する権利を主張するためには、通行に際して支払いを要さないことまでも立論することが必要だと思ったことも理由の一つです。もっとも、210条と213条の適用関係、すなわちいずれが優先的に適用されるのか、213にも211条1項が適用されるのか(「前項の場合には」の前項は210条を指すため)。また、213条で書いたため、210条1項のあてはめを書かなかったが、それでよいのかも気になった。
最判平成18年3月16日(百選Ⅰ70事件、第6版)の総合考慮判断を参考にすると、「甲土地は、鉄道駅から徒歩圏内の住宅地にある」とかいう事情も拾えるみたいですよ。これは判例知らないけど、事実からあてはめに活かすことはできたかもしれないです。
・設問2小問⑴は、よくわからないにもかかわらず(よくわからなかったからこそかもしれないが)、答案構成の時点で想定していたよりも多くの時間と紙面を割いてしまった。もっと書く分量を減らして、設問3に時間を充てたかった。
・問いの「また」前後で2つの誘導がある、すなわちⅰ地役権設定契約の性質とそれを踏まえた契約②の債権債務関係、ⅱ解除制度の趣旨への言及が求められているのだろうと思った。民法改正について②は議論されていたが、①はコイツ(B)何言ってるんですかねという感じ。そもそも2万円支払うと言っていたくせに支払わらず、しまいには2万円支払う必要はないとか…。敢えてこれを法律構成すると囲繞地通行権が物権だからみたいなことを主張するんでしょうか、よくわかりません。考えたこともなかったので、ⅰをさっと流し、ⅱの方で少し論じるという構成にした(具体的には、Bは、物権だからDは通行させる債務を負わない、Dは、通行させる債務の有無は知らんけどBに支払債務の不履行あるから解除できるとしています。
しかし、これは主張がかみ合ってないですよね。注目すべきは支払債務の有無ということなんでしょうから。)。本問は、ⅰで2通り×ⅱで2通り=4通りの考え方があるということでしょうか、それともⅱは契約関係からの解放1通り固定でメイン論点はⅰ(単なる物権契約であるか債権契約的な側面(月2万円支払い)を有する物権契約であるか)だったということでしょうか。仮に後者だとしたら流石にニッチな論点過ぎないですかね。
設問3
・登記移転義務については560条を明示した。560条、522条1項、412条の2第1項等の改正条文は積極的に使っていきたいと考え、事前準備していた。
・本問は、ⅰ日常家事代理及び表見代理類推適用
(しかし、再現答案では、表見代理を成立させてしまっているため、「本来的には無権代理人であったF」と書いたのだと思う。当事者でないEという点がぼやけてしまうため、冷静に表見代理を否定しておくべきだった。)、無権代理人の本人相続(Gとの関係でEの請求が認められるか否か、すなわちEが無権代理人ではないというのが設問3の肝だと思った。しかし、再現答案では表見代理を成立させてしまっている(相続人が移転登記手続債務を負うことが前提とされているなら、被相続人に同債務を負うことは前提だと考えてしまったのか。被相続人に効果帰属させる必要なんてないのに。)。)が問題となる。
・ⅰについては、無権代理→有権代理→表見代理といったように丁寧に論じた。もっとも、110条類推適用のあてはめの辺りはもう少し丁寧に論じたかった。設問2小問⑵を最も早く切り上げておけば、もう少し緻密な分析をして、より丁寧な論述をすることができたはず。ペース配分を誤った。
また、ⅱについて、原則例外パターンと権利濫用で構成した(権利濫用については平成29年の司法試験の採点実感を参照して規範を立てず主観面及び客観面から認定を行った)。ここも時間との関係で十分に論じることができず悔しい思いをした。

【再現答案】令和2年司法試験 行政法 C評価

1 再現答案 2600文字

第1 設問1 小問⑴
 1 前提として計画自体の処分性
  ⑴ 「処分」(行政事件訴訟法(以下行訴法という)3条2項)とは、公権力の主体たる国又は公共団体の行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を画定することが法律上認められている場合をいう。すなわち、①公権力性と②具体的法効果性が必要となる。
  ⑵ まず、昭和57年4月22日判決は、後続する権利関係が具体的に変動する段階において初めて具体的法効果性が認められるに過ぎず、計画段階においては法令の制定と同様に一般的抽象的効果が生じるに過ぎず、具体的法効果性を欠き(②不充足)、処分性が否定されるとする。
    次に、本件計画は、農振法8条1項によって行われ、農用地区域(同条2項1号)とされている。農地を転用するには、許可を受けることが必要となるところ(農地法4条1項)、農用地区域内にある農地には、許可をすることができないとされる(同4条6項1号イ)。このような規制は自由に使用処分できるという所有権に対する重大な制約であり、規制の程度は強度といえる。そのため、農用地区域をする計画は、後続する法の執行を待たず、それ自体によって、農地転用許可を受けることができないという具体的法効果を生じさせる(②)。また、このような効果は、農振法8条によって一方的に生じるため、公権力性もある(①)。
  ⑶ したがって、本件計画は「処分」に当たる。
 2 計画変更の処分性
  ⑴ 以上の本件計画の処分性を前提に、計画変更に①及び②が認められ、「処分」といえるか。
  ⑵ 本件農地は農用地区域内にある農地であり、農地転用許可を受けることができないところ、農用地区域から除外する計画変更(農振法13条1項)がなされれば、本件農地も農地転用許可を受けることが可能となる。そのため、かかる計画変更は、農地転用許可を受けることができないという具体的法効果を解除するという具体的法効果を生じさせるものといえる(②)。また、このような効果は、農振法13条1項によって一方的に生じるため、公権力性もある(①)。
  ⑶ したがって、本件計画は「処分」に当たる。
 3 計画変更申出に対する拒絶の処分性
  ⑴ 上記拒絶に①及び②が認められ、「処分」といえるか。
  ⑵ たしかに、計画変更は職権で行うものとされている。そのため、計画変更の申出は職権発動を促すものに過ぎず、これを拒絶しても具体的法効果が生じるとはいえないとも思える。
    しかし、計画変更については、実務上、農地所有者等からの申出が不可欠なものとされている。また、B市においては、本件運用指針4条1項によって申出ができることが定められかつ公表されている。そのため、平等公平な取扱いを実現するために、B市においては、計画変更についての申請権を農地所有者等に保障したものと評価できる。拒絶は、かかる申請権を侵害するという具体的法効果を生じさせる(②)。また、このような効果は、計画変更を行わないこと(農振法13条1項)によって一方的に生じるため、公権力性もある(①)。
    したがって、計画変更申出に対する拒絶は「処分」に当たる。
第2 設問1 小問⑵
 1 訴訟選択
  計画変更に対する拒絶の処分がなされていないため、不作為の違法確認の訴え(行訴法3条5項)を提起する。
 2 訴訟要件
  ⑴ Xは後述の通り本件申出書によって申請を行っているため、「処分…についての申請をした者」(同法37条)に当たるため、原告適格を有する。
  ⑵ 被告はB市である(同法38条1項、11条1項1号)。
  ⑶ 上記訴えは、処分がなされない間は提起することができるため、出訴期間も問題ない。
 3 本案
  ⑴ 前述の通り、B市では計画変更の申出について本件運用指針4条1項によって申請権を保障しており、「法令に基づき、…自己に対して何らかの利益を付与する処分を求める行為であって、当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているもの」に当たるため、「申請」に当たる(行政手続法(以下単に行手法という)2条3号)。
  ⑵ B市が公表している農用地区域からの除外に8年程度を要する旨(同5条3項)を参考とすると(同6条)、同時期に申し出た他の農地所有者等には諾否の応答がなされているため、「相当の期間内に何らかの処分…をすべきであるにもかかわらず、これをしない」(行訴法3条5項)といえる。
第3 設問2
 1 農振法13条2項5号
  ⑴ B市は、事業の工事(農振法10条3項2号、農業振興地域の整備に関する法律施行規則4条の3第1号)の完了から8年を経過していないため(農振法施行令9条)、農用地区域から除外する計画変更を行うことはできないと主張する。
  ⑵ たしかに、本件事業は大雨時の周辺農地の冠水等を防止するため「主として農地の災害を防止することを目的とするもの」である。しかし、特に本件農地は高台にあるため冠水による被害を受けることはおよそなく、事業の工事にあたらない。
  ⑶ したがって、8年を経過していなくとも、行政庁は農業地区域から除外する計画変更を行うことができるといえ、この点に違法がある。
 2 農振法施行令9条の機械的適用
  ⑴ まず、計画変更(農振法13条1項)には、抽象的要件が定められるのみであり(同2項5号)、農地の変更を認めるかについては政策的判断が必要となる。そのため、計画変更には要件裁量が認められる。
  ⑵ 農振法施行令9条は行政規則であるものの、上記裁量権行使に際して依るべき基準としての裁量基準である。
    そのため、公平平等の取扱いが要請される。
    そこで、基準が合理的であることを前提に、特段の事情がない限り、異なる取扱いをすることは、裁量権の逸脱濫用に当たると解される(行訴法30条)。
  ⑶ 本問では、農振法施行令9条は合理性があるものとされている。
    たしかに、同9条に従えば、本件事業が完了した平成30年12月から8年を経過していないため、計画変更を行うことができないのが原則である。
    しかし、本件事業のうち、本件農地を直接の受益地とする上流部分については平成20年末頃には完了している。かかる時点を基準とすれば既に8年を経過しているといえる。8年の経過を要求する趣旨は公共投資の元を取る点にあり、かかる趣旨からすると平成20年末頃を基準とすることで足りる。
    したがって、子のような特段の事情を考慮することなく、機械的に適用したことは考慮不尽に当たり、裁量権の逸脱濫用に当たるため、違法である。
以上

2 分析 ※太文字は試験中の思考

設問1小問⑴
封緘シールを破って問題冊子を開いた瞬間に関係法令の農振法が目に留まった。農振法といえば重判で処分性を否定した判例(平成30年重判行政法8事件、名古屋高判平成29年8月9日)が出ていたなと思い出した。しかし、今年は試験実施日程が変更されたこともあって、直前期に重判に目を通すことができていなかった。まあ目を通していたとしても行政法の高裁判例なんて記憶になかったようにも思いますが。

45点の配点であるが、処分性の出来で行政法の評価が決まると考え、半分くらいは処分性の論述をしようと考えた。
①計画(設定)の処分性については最判昭和57年判例を参照し(同判例平成24年司法試験行政法で扱われていたと記憶しています)、②計画変更の処分性については平成29年の司法試験の考え方(法的効果を解除する法的効果)を参考にする等できるだけ誘導に従って論じるように努めた。しかし、①計画の処分性について、昭和57年の射程を論じる際、再現答案では、本件農地が農用地区域に指定されているため転用ができないことしか言及できていない。ここでは、勧告(農振法14条)、調停(同15条)、開発行為の許可(同15条の2第1項)、農地等の転用の制限(同17条)なんかも引けたのかもしれません。いずれにしろ少し薄いですね。他方、③申出拒絶の処分性については、申請権とか小早川説的なことを書いてしまっていて大丈夫かなと不安です。名古屋高判平成29年では、最判昭和57年に引き付けて計画の処分性を否定→申請は職権発動を求めるものに過ぎない→申出拒否の処分性否定というフローでした。そのため、最判昭和57年の射程外として計画の処分性を肯定→申出が単に職権発動を促すものに過ぎないのではなくて計画変更にとって必要不可欠なものこれに対する応答を義務付けていると観念できる→申出拒否の処分性肯定というフローで論じることになるんでしょうかね。
「本件計画の変更段階での抗告訴訟による救済の必要性も、検討してください」という誘導の意味が分からず、これに従うことができなかった。これは農地転用許可の申請に対する不許可処分(農振法4条1項)の取消訴訟を提起することでは「何らかの不利益があり」救済されないから、本件計画変更又はその申出の拒絶の段階で処分性を肯定するべきだという救済の必要性からの立論を求められているのですかね。ただ、大田区ごみ処理場の2要件説で書いていると、救済の必要性の位置付けがフワフワしてきて規範のない当てはめみたいな事態に陥りがちなので、受験生的には書きにくいんですよね。きっとみんな書けてないはず。
設問1小問⑵
未だ申出への拒否処分がされていないこと及び義務付けの訴えが排除されていることを前提に、不作為の違法確認の訴えを選択した。令和元年の司法試験では無効確認の訴えが出題されており、未だ司法試験では出題のない不作為の違法確認の訴えの出題可能性も高いと考えていた。
・訴訟要件は丁寧に論じた。諸説あり得るが、法令に基づいて申請をしたことも訴訟要件として検討した。

本案上の主張は行政手続法上の問題があることが誘導されておりこれに従ったが、同法7条は不受理を認めていないということについて言及できていないように記憶している。また、同法の瑕疵が違法事由に当たるかについて検討を欠いている。この辺はみんな書けると思うので、検討を忘れてしまったことは評価が沈む原因になると思う。
・行政指導とかも書けたんですかね、わかりませんが。
設問2
申出拒否の取消訴訟についての本案上の主張は、時間との関係で、十分な法律構成が整わないままに書き始めることとなってしまった。誘導を読んだが、実体法上の違法事由が1つなのか2つなのかすらいまいちわからなかった。弁護士Dの「さらに」前後で2つに分けて2つの違法事由を論じた。もっとも、設問2については、その場で考えたことを適当に書いた感じになってしまったので、再現率が低いと思う。
前者については、農振法13条2項5号、農振法施行令9条、農振法10条3項2号、農業振興地域の整備に関する法律施行規則4条の3第1号「事業」該当性を否定するというもの。後者と異なり、こちらでは裁量統制として論じていない。そのため、後者との関係で一貫性を欠くようにも思う。
後者については、計画変更の要件裁量を前提に、農振法施行令9条の8年規制を機械的に適用すべきでない特段の事情を検討し、考慮不尽を導いた。