答案のおとし所

(元)司法試験受験生の立場から、再現答案のアップしたり、日々の勉強での悩み、勉強法などについて書いていきます。

リーズナブルに短文事例演習

1 はじめに

 最近、どの市販演習書を使っているかというツイートが流行っているようだったので、自分も考えてみようと思いました。
 しかし、どの市販演習書を使っているか(使うべきか)という問いに対する答えとしては、身も蓋もないですが、「結局は司法試験過去問の方が重要度が遥かに高く、演習書は何でもいいから薄いものを繰り返すことが大切」ですと回答することになります。
 とはいうものの、この考え方は間違ってはいないはずですが、少し大雑把な回答のような気がします。この考えでは、演習書を使うことの目的が意識されていませんし、試験科目に応じた演習書の重要度の違いについても意識されていません。このあたりの意識されていない点について、もう少し掘り下げて考えてみようと思うのです

2 市販演習書とは(総論)

 そもそも、演習書を使う 目的とは何でしょう。
 自分は、 ①短文事例演習(司法試験過去問における応用・ひねり部分前の基礎部分への対応) ②網羅性の獲得(司法試験過去問に出題がない部分への対応)であると考えています。

 ①短文事例演習は、予備校講座を利用することが多いですよね。例えば、伊藤塾なら問題研究、アガルートなら重要問題習得講座といった感じです。予備校講座を利用した場合、短文事例演習の教材とリンクした当該予備校の他の講座を用いて司法試験過去問についても勉強することができるのが便利ですよね。ただ、全部まとめて購入することを検討した方はわかると思いますが、予備校講座はお値段が張るわけです。
 そこで、受験生のお財布事情を考えて、リーズナブルな市販演習書に白羽の矢が立つわけです。

 とはいっても、安かろう悪かろうではいけないわけです。まあ、内容面について考えてみると、市販演習書の多くは学者が執筆しているものであり、内容の正確性は担保されているでしょう。
 そのほかには、相対的な試験である司法試験においては、多くの人が使っているものを使っておくことが無難だと感じる今日この頃です。また、②網羅性の獲得という視点で考えても、その網羅性の範囲も多くの人とできるだけ一致させておくことで不安材料を払拭することができると思います。

 上記の演習書を使う目的を前提とすると、演習書を使うフェーズは2つあるといえるでしょう。つまり、①短文事例演習→司法試験過去問(以下単に「過去問」という。)→②網羅性の獲得という順です。
 以下では、科目毎に勉強になった市販演習書を挙げてみます。

3 科目毎のおすすめ市販演習書(各論)

 ⑴ 労働法
  ①不要→過去問→②事例演習労働法
  既に7法を勉強したはずですので、直ぐに過去問に着手したいところです。近年は古い過去問からの焼き増しも多いので過去問を重視し、改正部分や網羅性の獲得のために事例演習労働法を使うのがおすすめです。受験生の中で圧倒的なシェアを占めている水町労働法との親和性も高いです。薄いながらも多くの問題が収録されている点が魅力です。事案の中に潜む法的問題の発見の仕方や争点設定の仕方について学ぶことができます。
  稀に何の説明もなく特定の説に立って論述がされていることがありますが(例えば、労契法15条及び16条の論じ方についての説の対立など)、みんなよく理解していないであろうとことなのであまり気にしなくてよいと思います。

 ⑵ 憲法
  ①不要→過去問(憲法ガール)→②不要(応用と展開)
  憲法は、過去問の依存度が高いと思います。条文も少ないですし、条文毎に整理して過去問を検討するだけで、ある程度網羅性も獲得できるはずです。
  過去問については、言わずと知れた憲法ガールシリーズ一択だと思います。憲法ガール憲法ガールⅡを使って、過去問の知識を自分の血肉にすることができます。また、憲法ガールについては、リメイクされた憲法ガールを使えば、答案レベルでの言い回しや端的な知識の示し方を学ぶことができます。さらに、近年の出題傾向であるリーガルオピニオン型への対応についても考え方が示されている憲法ガールⅡは受験生にとって必携といえるでしょう。なお、著者は慶応ロー非常勤講師・広島ロー准教授を務められています。

  過去問に正面からの出題のない論点、例えば、財産権などについては、少し難しい((後に再構築されるが)既存の論パを破壊される)ですが応用と展開がとても勉強になりました。

⑶ 行政法
  ①不要→過去問(行政法ガール)→②予備(実戦演習行政法)、事例研究
  行政法も、過去問の依存度が高いと思います。
  過去問については、言わずと知れた行政法ガールシリーズ一択だと思います。行政法の本丸である個別法の仕組み解釈について丁寧な解説がなされており、仕組み解釈とはこういうものかと理解することができますし、これができるようになれば行政法への苦手意識がなくなると思います。

  令和2年司法試験において、今まで出題がなかった不作為の違法確認訴訟が問われました。網羅性の獲得という視点では、事例研究行政法(最終章の総合問題を除く)を使用することか考えられます。近年の行政法の基本書については、サクハシにも勝るとも劣らず、基本行政法が多くのシェアを占めているように感じます。事例研究は、基本行政法と同じく日本評論社出版の書籍であり、受験生に向けたコラムなどためになる記載が満載です。  自分は予備の過去問についても勉強してみたのですが、実務演習行政法はあてはめまでかなり工夫して執筆されているようなので、事例研究行政法よりも個人的にはおすすめです。基礎・応用・展開という段階的な構成や直近の合格者の意見が反映された参考答案がとても良いと思います。なお、文頭の「序」を読んでみると、法科大学院に通えない法曹志望の地方在住者や社会人への強い思いが書かれている点も好きです。

 ⑷ 民法
  ①旧司(貞友民法、合格思考)→過去問→②不要(改正部分につきロープラ)
  入手が難しく、今では改正未対応となってしまった貞友民法(辰巳Live本)ですが、民法の考え方を1から丁寧に説明してくれる1冊です。どのような思考プロセスで物事を考えていくのかを体感できるため、六法の条文をパラパラめくっているだけで答案構成ができるようになりました。他方、合格思考も同じような学習効果が得られると思いますし、書籍化されるかはわかりませんが、著者がブログ(河童のひとりごと)で改正対応化させてくれています。なお、著者は中大オンライン研究室空の塔(中大の炎の塔など、コロナ禍で十分な学習環境を得られない中大関係者の支援をすることを目的に設立されたオンラインコミュニティ)講師を務められています。民法の過去問は、旧司の焼き増しがされることもあるので、旧司を効率よく勉強できるこの2冊は非常におすすめです。いずれも事例問題に登場する当事者の「気持ち」を法的に実現するという視点から書かれており、他科目へも良い影響を与えるはずです。

  改正に関していえば、現時点ではロープラが良いと思います。サブノートも見たことがありますが、さすがに網羅性の獲得という視点からすると、設問・解説ともにあっさりしすぎという印象です(入門では良いのではないかと思います。)。

 ⑸ 商法
  ①ロープラ→過去問→②ロープラ
  過去問を検討する前に、サクッと済ませるにはロープラがもってこいです。
  過去問を終えてからも、過去問に出題のない論点を検討することができます。会社法は他にも演習書がありますが、他の演習書をやるくらいだったらもう一度過去問に戻りたいところです。

  ロープラの良いところばかりを書いてきましたが、問題によっては答えを示さないで各自考えてみてください的な記述もあります。これは、読み手に考えさせる余地を与えるものであり、それ自体考える機会の提供といえるでしょう。個人的には方向性を示してさえいてくれれば思考訓練になると思っています。しかし、結局答えは?みたいなことが気になる方は満足いかないかもしれません。
  他には、事例研究会社法も勉強になりました(例えば、問題9の利益相反取引など)。ロープラに満足いかないという方は、事例研究会社法も選択肢の一つに入ってくると思います。  他方、事例で考える会社法は、辞書的に使用するなら良い本ですが、試験との関係ではいささかオーバースペック感が否めません。

 ⑹ 民事訴訟
  ①旧司(藤田解析)→過去問→②旧司(藤田解析)
  藤田解析は、基本書である講義民事訴訟と一緒に買っても10000万円以下でそろいます。理解しにくいところを丁寧に解説しており、答案レベルの知識を獲得することもできます。民事訴訟法の過去問は、旧司の焼き増しがされることもあるので、旧司を効率よく勉強できるこの1冊は非常におすすめです。事例問題に含まれる問題の解決にあたり、どのように向き合うべきかを学ぶことができるでしょう。なお、著者は元裁判官・元司法試験考査委員を務められています。
  また、網羅性の獲得という視点からしても、まだ焼き増しがされていない旧司についてしっかり理解しておくことも有用だと思います。

 ⑺ 刑法
  ①事例演習教材?→過去問→②事例演習教材
  どこまでマイナーな犯罪まで含むかは問題ですが、過去問で出題がない犯罪については事例演習教材で知識を獲得できます。そして、事例演習教材も受験生の中で圧倒的なシェアを占めているため、個々の知識は受験生として押さえておきたいです(例えば、平成29年司法試験刑法における共犯と正当防衛の相当性について、同書(第2版)76~77頁・事例16(悲しき親子)・Lecture2「複数人の関与と正当防衛・過剰防衛」の解説は同年のネタ本といっても過言ではないほど当時の受験生に恩恵を与えたといえるのではないでしょうか。)。論点抽出・問題解決のための理論の筋道の作り方などを体感できる1冊だと思います。薄い本なので繰り返し使用できますし、繰り返しても読むたびに新しい発見があります。
  短文事例演習としては、事例演習教材ほど細かいものでなくてもよいと思いますが、これに代わるおすすめの1冊は思いつきませんでした。
  新版は2020年12月21日発売予定です。井田氏によれば、「新問が4問追加され、従来の解説部分も、最新の判例(同時傷害の特例に関する最決令和2・9・30まで)・学説に対応してかなり加筆・修正」されたようです。

  それにしても、著者はそうそうたるメンバーですね。

 ⑻ 刑事訴訟法
  ①古江本?、→過去問(辰巳Live本、伝聞ノック)→②古江本、伝聞ノック
  刑事訴訟法は、過去問の依存度が高いと思います。捜査・証拠毎に過去問を整理して、頻出論点を間違いなく書けるようにします。ここでは、辰巳Live本がおすすめです。少し話言葉で書かれている点や少し考え方が古い点が気になりますが、とても勉強になる(例えば、平成22年司法試験刑事訴訟法設問2の伝聞法則について、同書187~190頁の考え方は参考になりました。)1冊です。伝聞についても要証事実を考える思考プロセスを体感できます。なお、著者は元検察官・元司法研修所検察教官・元司法試験考査委員を務められています。

  伝聞法則についてもっと優しく、そして繰り返し検討したい、網羅性を高めたいのであれば、伝聞ノックでおなじみの事例でわかる伝聞法則がおすすめです。誰もが躓く伝聞法則について、総論の理解から過去問の検討まで、幅広い使い方が考えられます。この本は、神奈川県弁護士会法科大学院支援委員会の実務家教員バックアップ部会に属する弁護士の共著です。答案も乗っていますし、当たり前と思っているとことろまで言語化されており、勉強になりました。なお、工藤氏によれば、アガルートから「解析講座が近々出るかも」らしいです。  伝聞を含め、全体的に理論補強をしたり、過去問で出題のない論点の知識を獲得したいなら、古江本でおなじみの事例演習刑事訴訟法がおすすめです。東大ローの授業をベースに、基本的事例の中に潜む根本的な理解を再構築することができる1冊だと思います。なお、著者は元検察官を務められています。

 「?」部分は、良いものが思いつきませんでした。もっと簡単なものがあればそちらが適切だと思います。

4 さいごに

 いろいろ書きましたが、結局言いたいことはこれです。
 ・①短文事例演習としては「演習書は何でもいいから薄いものを繰り返す」
 ・「結局は司法試験過去問」を徹底的にやり込む
 ・時間的余裕があるのであれば②網羅性の獲得を目指す