答案のおとし所

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【再現答案】令和2年司法試験 労働法(個別的労働関係) 50(こちらが悪い)

1 再現答案 1855文字

第1 設問1
 1 Xの主張
  まず、Xは月間総労働時間が180時間を超えた月の労働時間の内180時間を超えない部分における時間外労働及び月間総労働時間が180を超えなかった月の労働時間における時間外労働について、割増賃金の請求をしている(労働基準法(以下省略)37条1項)。
  これらは、Xが月160時間の「労働時間を延長」して労働したことに対する対価を求めるものであり、当該時間外労働の125%の割増賃金請求権が発生している。
 2 Yの反論
  本件約定により、割増手当は基本給に組み入れ支払済みであるとの弁済の抗弁を主張する。
  ⑴ まず、割増手当を基本給に組み入れるという本件約定は有効か。
    契約は申込みと承諾により成立する(民法522条1項)。
    本件約定では、月間労働時間が160時間を超え180時間を超えない部分について基本給とは別に割増手当が支払われないことされている。これは37条1項反するとも思える。
    しかし、Yはその旨を本件契約の契約書に明記して申込みを行い、Xはこれに署名押印することにより承諾を行っている。Xが承諾を行ったのは、月間労働時間が140時間を超えていれば160時間を超えなくても基本給が支払われること、基本給が比較的高額であること、勤務時間に柔軟性があることを考慮したものである。
    したがって、本件約定は有効である。
  ⑵ 次に、本件約定に基づく基本給のみの支払いは、上記Xの時間外労働時間と対価性を有するか。
    対価性は、①雇用契約にかかる契約書の記載や説明、②労働者の実際の勤務状況等を考慮して判断する。
    前述の通り、本件約定は、本件雇用契約の契約書に明記されていた。この趣旨は、月額労働時間180時間を超えなければ割増手当が支給されない反面、月額労働時間が140時間を超えれば基本給を支給することによって、勤務時間の柔軟性を確保するものである。そのため、月間労働時間が160時間を超えた場合に対する割増手当は基本給に含まれていることがあらかじめ説明されていたといえる(①)。
    また、月間労働時間が180時間を超えた平成29年6月については別途割増手当が支払われている。それ以外の月の月間労働時間は140時間を超えかつ180時間を超えないものであったのであり、平均すれば月間労働時間はおおむね160時間といえる。そして、そのため、月間労働時間が160時間を超えかつ180時間を超えない部分の割増手当は、月額労働時間が140時間を超え且つ160時間を超えない部分の基本給による賃金の支給とおおむね一致するといえる(②)。
    したがって、本件約定による基本給のみの支払いは、上記Xの時間外労働時間と対価性を有する。
 3 Xの請求の当否
  よって、Yの弁済の抗弁が認められるため、Xの請求は認められない。
第2 設問2
 1 Xの主張
  Xは割増賃金請求権を有することが前提とされているため、これによって割増賃金を請求する。
 2 Yの反論
  ⑴ 本件約定は24条1項に反さず、Xの請求権は存在しないと主張する。
   割増手当も賃金であるから、全額を支払う必要がある(同項本文)。
   しかし、同項但書は、一部例外を認めており、これは労働者の生活を害さない範囲であれば自由な処分を認める趣旨である。他方で、賃金は労働者にとって生活の糧となる重要な債権であるから厳格に考えるべきである。
   そこで、自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在する場合に限り債権放棄が24条1項に反さないと解される。
   前述の通り、本件約定は、月間労働時間が180時間を超えない限り割増手当を支給しないという労働者に不利益なものである。
    しかし、他方で、本件約定は月額労働時間が140時間を超えれば160時間を超えずとも基本給を支給するという労働者の利益をもたらすものである。また、この場合に支給される基本給は比較的高額であり、その利益は大きかった。さらに、これによって勤務時間の柔軟性が確保されることも労働者に利益をもたらすものである。Xは、かかる本件約定の存在を認識及び理解した上で、本件約定が記載された本件雇用契約の契約書に署名及び押印している。そのため、Xとしてはあらかじめ示された自己に生じる不利益を考慮してもなお利益が大きいと判断して、将来発生し得る割増賃金請求権をあらかじめ放棄するという不利益を甘受したものと考えることができる。
    したがって、かかる意思決定には、自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するといえ、本件約定は24条1項に反しないため、債権放棄が認められる。
 3 Xの請求の当否
   Yの反論が認められ、Xの割増賃金請求権は存在しないため、Xの請求は認められない。
以上

2 分析 ※太文字は試験中の思考です

設問1
第1問(個別的労働関係)に関する判例に対する理解が不十分であると考えたため、第2問(集団的労働関係)に重きを置いて答案を作成することに決めた。論述量や検討時間の比重としては、第1問(個別的労働関係):第2問(集団的労働関係)=4:6くらいだと思う。
このところ重判などでも多く掲載されていた割増賃金請求権に関する判例が問われているのだろうと思った。
基本的には高知観光事件やテックジャパン事件をベースに、割増手当の一定額払い類型や含み払い類型は、判別要件+精算要件が必要と理解していたところ、一定額払い類型について日本ケミカル事件(平成30年重判労働法3事件、最判平成30年7月19日)国際自動車事件(平成29年重判労働法2事件、最判平成29年2月28日)において判別要件は対価性を考慮すること及び精算要件は独立の要件とならない(労働基準法により算定される割増手当を下回るものは認められないのは当たり前で、使用者の一定額払いにより弁済の抗弁が一部認められるにとどまる)ことが示された。
・もっとも、本件雇用契約において1日8時間・週40時間・月160時間を基準として基本給が月額40万円とされ、本件約定によって月額労働時間が180時間を超えない場合には基本給の支給で160時間を超え180時間を超えない部分についての割増手当の支給がなされたものとする。そのため、含み払い類型に当たるのではないかと思った。そうすると、一定額払い類型に関する上記日本ケミカル事件や国際自動車事件の射程が本問にも妥当するのか疑問に思ったが、答案では日本ケミカル事件を参考にしている。コロナの関係でロースクールの図書館が使えなかったので、国際自動車事件まではフォローすることができていなかった。労働法では、直近の重判や最新判例が問われることが多く、事前準備が欠かせない科目だと思います。
日本ケミカル事件を参考にすると、判別要件の具体的な適用に当たって、対価性を検討することになる。もっとも、ここでも判例の射程に関する疑問でうまく法律構成ができなかった。まず、労働基準法によって算定された割増手当が支給されるのであれば一定額払いの方法も認められるとするのが日本ケミカル事件であるが、含み払いの方法ではそもそも割増率を乗じる基礎となる賃金を確定できないのではないかと思った(テックジャパン事件参照)。そこで、本件約定の有効性を肯定する必要があると考え、これを論じた。しかし、強行法規たる労働基準法に違反しているものを、両当事者の合意によって違反なしとすることにかなり違和感があった。
次に、日本ケミカル事件を参考に、対価性を検討した。ここでは、前提として、判別要件が必要となること及び判別要件について対価性を検討することを述べる必要があったように思うが、書けていない。唐突に対価性を論じている。もっとも、前述した判例の射程に関する疑問からすると、そもそも本問のような含み払い類型では判別要件を充足できないのではないかと思った。対価性の位置付けや判例の射程について事前準備の段階で結構気になっていたので、評釈等を読むことができなかったことが悔やまれる。
・以上からすると、単純に判別要件+精算要件を検討することで足りたのだろう(テックジャパン事件)。特に本件約定で判別要件を充足するのかが主要な検討対象となるのではないか。そのため、評価が大きく沈むことになると思う。
設問2で「割増賃金の請求権がXに発生し得ると考えたとしても」とあるので、設問1ではYの抗弁を否定してXの請求権を認めておくのが結論として素直だったかもしてない。
設問2
割増賃金請求権の放棄について、シンガーソーイングメシーン事件を参考にして論じた。
もっとも、本来の対価性の検討内容と重なるかはさておき、自分の答案では対価性の検討内容と債権放棄の検討内容(自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的理由が客観的に存在するか否か)がかなり重なってしまった。そのため、法律構成自体に誤りがあるのではないかとも感じた。しかし、債権放棄といえば上記判例しか記憶にないので、とにかく論じた。
債権放棄については、労働基準法24条1項との関係で論じることを意識した。
・設問1で感じた違和感(強行法規たる労働基準法に違反しているものを、両当事者の合意によって違反なしとすること)は、設問2で考慮すべきだったのだろう。つまり、放棄を認めない又は仮に放棄を認めるならばそれを覆すだけの合理的な理由が必要となるということ。
・あてはめにおいて、「合理的理由」が「客観的」存在するかという規範に対応することができていません。主観面は拾えていますが、それが客観的にそうであったのかという点について分析的に検討できていないことが評価が沈む原因となったのだと考えられます。