答案のおとし所

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【再現答案】令和元年(平成31年)司法試験 労働法(個別的労働関係) 60

1 再現答案 2207文字

第1 設問1
 1 請求や主張の仕方
  Xは、Y社に対して、本件解雇の無効確認、解雇以降の賃金支払請求(民法536条2項前段)、解雇予告手当支払請求(労働基準法(以下労基法)20条1項本文、Y社就業規則(以下就規)33条本文)及び不法行為に基づく損害賠償請求(同709条)を求める。
 2 本件解雇の有効性
  ⑴ 労働契約法(以下労契法)16条
   ア まず、Xは就規32条2号、4号及び7号を理由に普通解雇されているところ、同就規は労働契約を継続することができない著しい事由を定める「合理的」なものであり、かつ就業規則いう形で実質的に「周知」されているため、XY間労働契約の契約内容となる。
   イ 次に、「客観的に合理的な事由」(労契法16条)とは、解雇事由該当性をいう。
    ㋐就規32条2号「能力不足又は勤務不良が不良で改善の見込みがない」とは、契約締結時に予定されていた能力について、事後に著しい欠如があるか、改善策が講じられたか、改善の見込みがあるか等を総合して判断する。
    本件では、Xは、Y社の接客係として中途採用された者である。そのため、即戦力としてある程度高度な能力を要求されていたものといえる。そして、Pによれば、成績評価としては要改善状態にあり、能力について事後に著しい欠如があるとされている。しかし、Pは勤務改善の誓い文書にサインを求めることでXの能力欠如改善を図ろうとしているが、一方的要求であり具体的にXP間の軋轢を取り払い適切な改善策を講じたとは言い難い。さらに、前記Xの実績を見ても適切な改善策が講じられれば改善の見込みがあるといえる。
    したがって、「能力不足又は勤務不良が不良で改善の見込みがない」とはいえない。
    ㋑また、XはPとの間で関係性が悪化しているにすぎず、また些細なミスやクレームを受けたにすぎないため、「協調性又は責任感を欠き、従業員として不適格」(就規32条4号)であるとはいえない。
    ㋒さらに、Xの前記実績からして、「その他前各号に準ずるやむを得ない事由がある」ともいえない。
    よって、解雇事由該当性は存在せず、本件解雇に「客観的に合理的な事由」があるとはいえない。
   ウ 仮に「客観的に合理的な事由」があるとして、「社会通念上相当」といえるか。
    本件では、P着任以前は店長や本部のマネージャーになることを期待される勤務実績を有し、Xの認識としても他の同僚と同等以上の仕事をしているのであるから、能力について事後に著しい欠如があったとは言い難い。また、Pによる勤務改善の誓い文書にサインを求めることは、スタッフミーティングの際全員の前で呼び出したものであり、使用者側の処遇とし適正さを欠いている。
    したがって、「社会通念上正当」とはいえない。
   エ よって、労契法16条により、本件解雇は違法といえる。
  ⑵ 労基法20条
   同法本文は、解雇予告手当支払義務を定める。また、同但書は、「労働者の責めに帰すべき事由」という例外を認め、これを就規33条但書は「本人の責めに帰すべき事由」として具体化する。
   同定めは、新たな職を始めるまでの生活保障という労基法20条の趣旨に適うものであり(民法90条)、また自己都合の場合に同保障を受けることができないという「合理的」なものであり、かつ就業規則という形で実質的に「周知」されているため、XY間労働契約の契約内容となる(労契法7条本文)。
   そして、上述の通り、本件解雇は違法であるから、「本人の責めに帰すべき事由」(就規33条但書)があるとはいえない。
   しがたって、Y社は解雇予告手当支払義務がある。
第2 設問2
 1 Y社の対応
  Xが本件解雇無効を主張した場合、同解雇の適法性については労契法15条によって判断される。
  Y社は、Xに対して、本件解雇が有効であることを前提として、不当利得として既に支払われたと考えられる退職金の返還を請求する(民法703条)。
 2 本件解雇の有効性(労契法15条)
  ⑴ 「懲戒することができる場合」
   まず、就規40条1号は、企業秩序を侵害した労働者を懲戒権に基づいて解雇するものであり「合理的」であり、かつ就業規則によって実質的に「周知」されている(労契法7条本文)。
   また、罪刑法定主義の観点から、あらかじめ懲戒の種別及び事由が定められていることが必要となるところ、就規40条は「懲戒解雇」、同1号には「重要な経歴を詐称」とあり、これを充足する。
  ⑵ 「客観的に合理的な理由」は、懲戒事由該当性をいう。
   懲戒解雇は、労働者の賃金収入の途を断つことにつながるため、厳格に解されるべきであるところ、「重要な経歴を詐称」とは、企業秩序を侵害し得る程に重大な経歴を詐称した場合をいうと解される。
   本件では、XはY社接客係として中途採用されている。そうすると、Y社としては、同係に適する資質を有する者である担保として、ホテル専門学校卒業という経歴を重視していたものと考えられる。接客係は、顧客対応がメインだから、同資質を欠く者を配置すれば信頼を欠くことになり、企業秩序を侵害し得るといえる。
   したがって、ホテル専門学校卒業証明書のコピーの詐称は、企業秩序を侵害し得る程に重大な経歴を詐称したものといえ、「重要な経歴を詐称」にあたる。
  ⑶ 「社会通念上相当」
   本件では、Xの勤務実績が良好であるとしても、上記資質を偽った点についてXに落ち度がある。また、これはY社において重要な事項であった。
   したがって、上記事由を理由として解雇を行ったことは「社会通念上相当」であるといえる。
以上

2 分析 ※太文字は試験中の思考

設問1
 Xは「解雇を争いたい」という方向性で相談に来ている。そして、大きな問いは「本件解雇の適法性や効力」である。そのため、解答に当たっては、労契法16条だけを答えればいいわけではないはず!(労基法20条1項、Y社就業規則33条も検討すべき!)と思った。これは、Y社人事部からのメールにわざわざ②解雇予告手当が支払われていない旨が記載されているからである(問題文に①~④の記号が振られており、誘導だろう。「本件解雇の…効力」に当たるかは不明であるが。労基法20条1項については、出題趣旨33頁でしれっと「解雇の手続」としてまとめられていたので、無用な疑念を差し挟ませるような表現はやめてほしいですね。)。
 まず、労契法16条については、ブルームバーグエルピー事件(高判平成25年4月24日、判例百選9版72事件)が想起された。もっとも、「能力不足」というより、むしろ「勤務成績が不良で改善の見込みがない」に当たるような気がして少し迷ったが、この辺はぼかして論じた。とにかくY社就業規則32条2号の文言を解釈してあてはめを行うことが重要であると思った。

 また、Pの発言によると、本件解雇の理由は「業務成績不良と上司への反抗」である。そのため、全面的に本件解雇を争うXとしては、上司への反抗についても反論していくことが必要になるはずであり、これはY社就業規則32条4号又は7号の枠で論じる他ないと思った。
 次に、解雇予告手当については、本件解雇の適法又は違法により結論が左右される論点であるから、本件解雇の適法性の後に論じればよいし、そこまで厚く論じるべき問題ではないと思った。
 再現答案では、請求内容に関して、解雇期間中の賃金の支払は言及できているものの、労働契約上の権利を有する地位の確認には言及できていない。また、損害賠償請求を指摘しているものの、その理由についても時間的に言及できていない。採点実感32頁ではこれらが求められていることから、今後の試験に活かしたいところだと思います。

設問2
 Xが採用時に不正な証明書を提出したことを懲戒解雇の理由とする点(解雇の適法性)について、炭研精工事件最判平成3年9月19日、判例百選9版54事件)が想起された。ここでは、やはり学説の言うように就業規則を限定解釈する方が妥当であるため、この点を意識して論じた。
 問い方として「Y社は…どのような対応を採ることが考えられるか」とあるが、これがよくわからなかった。自分は、Y社人事部からのメールにわざわざ④退職手当を振り込む旨が記載されていること(おそらく既に支払われているだろう)、Y社就業規則20条及び40条後段が記載されていること等から、解雇が適法であることを前提とする支払済み退職手当に関する不当利得返還請求(民法703条)を論じた。もっとも、虚偽の「応募書類の問題について」という留保がついており、不安が残る。

 本問は、上記の解雇の適法性を前提として、Xが提起した解雇無効確認の訴えにおいて、新たな解雇事由を主張できるかという点(主張の可否)についても問題になっていました(採点実感32頁の①)。懲戒解雇の事案であり射程外であると思われますが、山口観光事件(最判平成8年9月26日、判例百選9版52事件)を想起して、論じることができたはずです。再現答案は退職金につき不当利得返還請求をしていることからすれば、(無自覚のうちに)①で構成していたようですので、解雇の適法性→主張の可否という2段階の枠組みで解答するとすれば、再現答案は後者についての検討を欠く点で失点していると思います。多くの受験生が気付き得るだろうし、一定の結論を導くのは困難でないはずですので。問題文最後の1文のXから訴訟提起について聞かされた副店長Rがその旨をPに報告したこと、設問でPからの連絡を受けたY社人事部が再びXの経歴等の精査を行ったという場面設定等の誘導から、かかる問いに気付く必要があったのだと思います。他方で、当初の解雇とは別個に改めて解雇を行う(採点実感32頁の②)として構成したのであれば、「当初の解雇が無効とされて場合に備えた予備的な解雇という行使方法」「その場合の賃金請求権の発生期間」「既に支払った退職金の処理」「懲戒解雇事由があっても普通解雇することの可否」等の問題が控えていたようです。